加圧トレーニングとは、専用のベルトで腕や脚のつけ根を締め付け、血流を制限した状態で筋トレなどの運動を行うトレーニング法である。通常の筋トレよりはるかに軽い重量を用いても、大きな筋肥大成果があるとされる。
加圧トレーニングは1960年代に、日本の元ボディビルダーである佐藤義昭氏が発明した。その後に世界へと広まり、当初は英語圏でも”Kaatsu” とローマ字表記そのままで紹介されている。しかし、近年ではより意味が分かりやすい「Blood Flow Restriction(「血流制限」の意)」や、その頭文字を取って「BFR」という呼び名が米国のメディア等で定着しつつある。
東京2020オリンピックでは競泳400メートルメドレーリレーで金メダルを獲得したマイケル・アンドリュー選手 (*1) 、そして陸上マラソン8位のゲーレン・ラップ選手らが、加圧トレーニング用のベルトを装着してトレーニングを行う姿が話題になった。競技アスリートたちの間でも、最先端のトレーニング方法として注目を浴びている。
*1. マイケル・アンドリューのトレーニング動画
Michael Andrew KAATSU b4 PanPacs.mp4 from KAATSU on Vimeo.
加圧トレーニングは、故障後のリハビリに用いられることも多い。例えば、MLBニューヨーク・メッツのノア・シンダーガード投手はトミー・ジョン手術からの復活を目指しているが、その過程で加圧トレーニングを取り入れていることをGQ誌とのインタビュー (*2) で語っている。
*2. https://www.gq.com/story/noah-syndergaard-wellness-interview
目次
加圧トレーニングの基本メカニズム
加圧バンドで腕や脚の付け根を締め付けられ、血流を制限された筋肉の内部でホルモンや代謝物質が分泌し、筋肉の成長が促進される。その結果として、軽めの重量を挙げる筋トレでも、通常の状態で重い重量を挙げるときと同じレベルの筋肥大効果が生じる。それが加圧トレーニングの基本的なメカニズムだ。
加圧トレーニングの上級指導者ライセンスを持ち、佐賀県佐賀市で2つのフィットネスジム経営する船津修平氏は、2009年から加圧トレーニングの指導に携わってきた。そんな船津氏は、加圧トレーニングについて次のように語る。
「例えば、加圧バンドで腕を締め付けた状態でバイセップス・カールを行うと、体感としては3倍から5倍くらいの負荷がかかります。それくらいきついトレーニング方法です。逆に言えば、長時間行えるものではありません。大体10~15分くらいでバンドを一旦外します。そうすると制限されていた血流が戻り、血管の健康にも繋がるわけですね。加圧トレーニングは筋力がつくだけではなく、アンチエイジングの効果も期待できます。さらに翌日に疲れが残らないので、女性を中心に根強い人気があります。」
加圧トレーニングのリハビリ効果
怪我からのリハビリに加圧トレーニングを活用するアスリートが増えてきた。もっとも有名な例は、米国のノルディック複合選手であるトッド・ロドウィックだ。2010年のバンクーバー・オリンピックで団体銀メダルを獲得したロドウィックは、出場が決まっていた2014年ソチ・オリンピックの1か月前に左肩(上腕骨頭)を骨折の大怪我を負った。ロドウィックは医師から勧められた手術を断り、加圧トレーニングと取り入れたリハビリ(*3)を実施。驚異的なスピードで回復し、オリンピックに出場を果たした。開会式では米国チームの旗手も務めている。
*3. トッド・ロドウィックのリハビリ動画
愛媛県新居浜市で接骨院を経営する近藤敬氏は加圧トレーニングの上級インストラクターでもあり、治療やリハビリに加圧トレーニングを積極的に取り入れている。加圧トレーニングのリハビリ効果について、近藤氏に伺ってみた。
「怪我をしていて負荷をかけられないときでも、加圧ベルトを着けて手を握ったり開いたりする、いわゆるグッパーの動きをしたり、ベルトで圧を上げたり下げたりするだけでも効果が期待できます。プールされた血流が毛細血管の隅々まで行き渡ることで、痛めた箇所の細胞が再生して回復力を高めるのです。加圧トレーニングを利用すると、リハビリ期間を大幅に短縮することが可能になります。」
個人で加圧トレーニングはできるか?
正規・不正規を問わず、加圧バンドは市販されている。個人がそうした製品を購入して、自宅等で加圧トレーニングを行うことは可能だ。しかし、自己流トレーニングには当然ながら危険が伴ううえ、適切な効果を得ることは難しいと近藤氏と船津氏は口を揃える。
バンドを強く締めすぎる、あるいは時間が長過ぎると、一時的な脳貧血に陥ることがある。その際、転倒やバーベルを取り落とすなどの事故が懸念されるとのこと。また、血栓ができる可能性も指摘されている。
たとえ危険を回避できたとしても、加圧トレーニングの効果を出すためにはバンドの「適正圧」が何より重要だ。やみくもに締め付けるのは危険だが、逆に緩すぎると効果も下がる。圧の適正値は個人のトレーニング歴や体調によって異なり、一概に数字で表せるものではない。だからこそ、経験を積んだインストラクターの判断が必要とされるのだ。そのため、加圧トレーニングは必ず認定されたインストラクターがマンツーマンで指導を行うことが原則である。
今後の課題:科学的根拠の不足
加圧トレーニングの人気や知名度は高まってきている。しかし、その効果や安全性に関して信頼に足る学術的データが蓄積されるまでには、まだ十分な年月が経ったとは言えない。例えば2021年7月に発表されたメタ解析論文(*4)では26個の論文を統合的に解析した結果、「健康で若い成人が加圧トレーニングによって大きな成果を得られるとする科学的根拠は限られたものでしかない」と結論づけている。他にもさまざまな研究が発表されているが、客観的に見ると、現時点では賛否両論が並立しているというところだろう。
*4. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34277146/
[筆者プロフィール]
角谷剛(かくたに・ごう)
アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。
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