フットゴルフという競技をご存じだろうか。フットゴルフとは、サッカーとゴルフを融合させたニュースポーツである。筆者はこれまでサッカーを中心に多くのスポーツに触れてきたが、フットゴルフの存在を知ったのは最近のこと。まったく異なる二種の競技を掛け合わせたフットゴルフとは、一体どのようなスポーツなのか。そう心の底から興味が湧いた。
フットゴルフは2009年にオランダで初めてルール化され、現在は欧米中心に40カ国以上で楽しまれている。さらに、2020年9月には日本でのワールドカップ開催も決まっていた(新型コロナウイルス感染拡大の影響により中止)。2024年パリ五輪の正式種目化に向けても動いており、現在急速に普及が進んでいる注目のスポーツだ。とは言っても、フットゴルフ経験者はごくわずかであり、競技の存在すら知らない方が多いだろう。
そこで今回、今年で3年目のシーズンを迎えている柴田晋太朗選手にフットゴルフの魅力を伺った。柴田選手はフットゴルフジャパンツアー2019-21に参戦し、2020年12月の大会で初優勝。2021年2月には2度目の優勝を果たすなど、フットゴルフ界の若きホープである。彼のフットゴルフにかける熱い想いと共に、ぜひご覧いただきたい。
目次
「サッカーボールを蹴ってゴルフする」シンプルな競技
フットゴルフはゴルフボールの代わりにサッカーボールを使用し、直径53cmの穴へいかに少ないキック数で入れられるかを競うスポーツである。つまり、「サッカーボールを蹴ってゴルフする」と考えてもらえば良いだろう。基本的なルールはすべてゴルフと共通。「サッカーボールを使用する」「蹴る」という動作で、ターゲットの穴にボールを入れるのがフットゴルフだ。以下、一般社団法人日本フットゴルフ協会の情報をもとに、フットゴルフのルールについてまとめた。
<フットゴルフの基本的なルール>
①服装 |
襟付きシャツ・ゴルフ用ハーフパンツ・ハイソックス・サッカー用トレーニングシューズを着用してプレー。 ※サッカーパンツやスパイクは使用禁止 |
②競技方法 |
ゴルフ同様、ティーキックからカップインまでのキック数で勝負。 |
③注意事項 |
一度蹴ったボールは止まるまで触ってはいけない。 ※動いているボールや戻ってきたボールを蹴らない。 |
④記録方法 |
各ホールのキック数をスコアカードに記録して、合計数を競う。 ※基本的に18ホール or 9ホールでラウンド。 |
(参考:一般社団法人日本フットゴルフ協会)
競技会場では、選手たちがカップインまでひたすらボールを蹴り続ける光景が広がる。行っていることは至ってシンプルだ。しかしこの競技について、柴田選手は次のように話す。
「誰がカップに早く決められるのか。それだけですから。ただ、蹴る動作一つに自分の全神経を研ぎ澄ます感じがたまらないですね。」
フットゴルフに取り組む者たちは、己のキックと向き合い、日々技術に磨きをかけている。「止める」「運ぶ」「走る」という複合的な要素の中で生きるサッカー選手以上に、「蹴る」に対するこだわりは間違いなく強い。
老若男女誰でも始められるフットゴルフ
「ルールが単純なので、やろうと思えば誰でも始められるのがフットゴルフですね」と、柴田選手は明るい口調で話してくれた。フットゴルフ最大の魅力は、老若男女誰もが楽しめることにある。
例えばゴルフを始めようとすれば、初心者はボールを飛ばすためにスイング練習から始めなければならない。サッカーならば走り続けるスポーツのため、体力に自信のない方にとっては、始めようと思うとハードルが高いだろう。一方、フットゴルフは“蹴る”という単純な動作しか必要とされないため、やろうと思えば誰でもできる。別にサッカー経験がなくとも、ボールが蹴れれば競技は成立するのだ。つまり、フットゴルフは趣味としての入り口が広く、体への負担も大きくないため生涯スポーツとしても楽しみやすいと言えるだろう。
しかし、一人のアスリートとしてフットゴルフに向き合う柴田選手には、こんな悩みもあるそうだ。
「確かに、趣味としては最高に楽しいスポーツだと思います。ただ、そこからフットゴルフで真剣に勝負してくれるライバルは、なかなか増えないですね。」
誰でも始めやすいという特性から、入り口は間違いなく広いフットゴルフ。ただし、そこから競技者をどのように増やしていくかは課題のようだ。誕生してからまだ約10年と、フットゴルフは歴史の浅いスポーツ。柴田選手のような若い選手が活躍する姿を見て、挑戦したいと思う人が増える可能性は十分にあるだろう。
「普及はもちろん大切ですが、まず自分がやるべきことはやらないと」
そう力強く語る柴田選手の鋭いまなざしからは、自身の活躍がフットゴルフ界全体の底上げにつながることを意識し、愚直にフットゴルフと向き合う若きエネルギーが感じ取れた。
サッカーとの共通点は”ボールを蹴る”という動作だけ
フットゴルフに必要なのは“キックの精度”だ。そう聞くと、一流のサッカー選手が競技に参入すれば、フットゴルフ選手に勝てると想像する方が多いかもしれない。しかし柴田選手は、サッカー選手がいきなりフットゴルファーには勝つことはできないと断言する。その理由について、次のように教えてくれた。
「サッカー選手は、距離を計算してボールを蹴るという意識がないんですよね。だって、蹴る先にはボールを止める味方がいたり、ゴールネットがあったりするでしょ。」
これは、確かにその通りだろう。筆者はサッカー競技者だが、味方との距離を意識することはあっても、どの辺りにボールが止まるかを意識してキックに強弱を加えるなんてことはしない。実際、柴田選手はプロサッカー選手とフットゴルフをした経験が何度かあるとのこと。そこでは距離感を意識できず、ボールがピンを通り過ぎるシーンを頻繁に目にしたようだ。
そんな柴田選手も、もともと中高生時代はサッカー選手だった。サッカーからフットゴルフに転身することで、“ボールを蹴る”動作そのものや意識が大きく変わったという。サッカーとフットゴルフはボールを蹴る動作が共通しているものの、その概念がまるで違う。共通することが多いように見えて、まったく特性が異なるスポーツなのだ。
人生の希望の光となったのがフットゴルフ
柴田選手は中高ともに全国レベルのチームに所属し、個人としても神奈川県選抜で海外遠征を経験するなど、将来を嘱望されるサッカー選手であった。しかし、高校2年生のときに上腕骨骨肉腫を発症し、長い闘病生活が始まる。これまで肺手術を3度も繰り返しており、柴田選手の肺は4割が切除されている状態だ。再びサッカー界に戻るとなれば、ハンディだけでなく大きなリスクを抱えることになる。
「心から競技を楽しめない状況でプレーしても、自分が愛してやまないサッカーに失礼ではないか?」
そう考えるようになり、サッカーから退く方向に気持ちが向き始めたのだという。とはいえ、幼少期から情熱を持って向き合ってきたサッカーを簡単に諦められるわけがない。「動けないからやめるというのは逃げではないか?言い訳ではないか?」と、どうにもならない現実を前に日々葛藤した。そんな矢先に出会ったのが、”フットゴルフ”だった。
サッカー関係の知り合いに誘われて参加したフットゴルフコンペで、フットゴルフの魅力に完全にとり憑かれた柴田選手。「これなら今の僕の体でも勝負できる。サッカーに注ぎ込むはずだった情熱をフットゴルフに注ぎたい」と、すぐに競技の世界へとのめり込んでいった。逆らえない現実を前にもがき苦しんでいた1人の青年に、希望の光を差したのがフットゴルフだったのである。当時を振り返り、柴田選手は「偶然だったが、僕はフットゴルフに出会うことで人生に新たな希望が生まれた」と語ってくれた。
いつの日かフットゴルフを文化に
「僕はフットゴルフを文化にする。Jリーグが発足して以降、国民のスポーツとなったサッカーと同じようなレベルまで、フットゴルフを押し上げたい」
柴田選手がフットゴルフの今後について、そう熱く話してくれた。力強い言葉とともに、その想いはまず2023年にアメリカで開催されるワールドカップに向かっているようだ。残念ながら日本開催のワールドカップでの活躍は叶わなかったが、2年後に柴田選手が日の丸を背負ってプレーする姿に期待したい。フットゴルフの歴史はまだまだ始まったばかり。いつの日かフットゴルフが国民のスポーツとなり、多くの人を笑顔することを願いたい。
スポーツメディア「New Road」編集部
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