たくさんの感動を届けてくれた北京2022オリンピック。選手の笑顔や涙に胸が熱くなったり、手に汗握る勝負の展開に夢中になったり。あるいはウィンタースポーツの魅力を再発見されるなど、さまざまな楽しみ方があったのではないでしょうか。その中で、いくつかの競技で「判定」が物議を醸した場面がありました。特に私の印象に残ったのは、スノーボード・ハーフパイプ男子で金メダルを獲得した平野歩夢選手の決勝2回目。採点についてメディアでも大きく取り上げられていましたが、皆さんはどのように感じたでしょうか。
結果次第では、選手のその後の人生を左右することもある大舞台。審判には適正公平な判定が求められます。とは言え人間が下す判定ですから、審判の主観が入ることもあれば、誤審も起こり得てしまう。とても難しい問題です。最近はデジタル技術が発達したことでビデオ判定などを導入し、より正確な判定を実現しようとする動きが各競技で加速しているように感じます。多くの競技が転換期に差し掛かっているのかもしれません。
剣道も判定に人の目が入る競技です。剣道はオリンピック競技ではありませんが、判定の問題が話題に上がることも少なくありません。今回は、剣道の判定に関する内容です。剣道の試合がどのように行われるのかも合わせながらご説明します。
目次
剣道の基本ルール
剣道は試合者が1対1で対戦する競技です。「三本勝負」という試合形式が一般的で、相手の打つべき部位を先に竹刀で2回打った試合者が勝ちとなります。打つべき部位は以下の4箇所限定です。
- 面(メン):相手の頭部、こめかみよりも上部が打つべき部位
- 小手(コテ):相手の腕、手首から肘までをおよそ二等分した手首側
- 胴(ドウ):相手の左右の脇腹
- 突き(ツキ):相手の喉
なお、「突き」だけは打つのではなく、竹刀の先端で相手の喉を突き押します。的が小さく外れたときに危険な場合があるため、高校生までは禁じ手です。
試合の時間制限は小学生が2分ないし3分、中学生は3分、高校生・大学生は4分、そして大人の試合は5分。試合場は正方形で、広さは10m四方であることが一般的です。ただし制限時間や試合場のサイズは、大会の規模などによって変わることもあります。
この試合場に入ることができるのは、対戦する試合者と審判のみ。試合時間を計測する係と、試合内容を記録する係は試合場の外から試合を注視します。
審判は主審1名と副審2名の構成です。3名それぞれが紅白の手旗を持ち、背中に赤い目印を付けた試合者が相手の部位を打ったことを認めれば赤旗を、背中に白い目印をつけた試合者が相手の部位を打ったことを認めれば白旗を挙げ、打った技を認めたことを告げます。3名の審判は主審を頂点にした三角形を形成するような立ち位置をとり、この三角形をキープしながら試合者2人の動きに応じて立ち位置を移動させて試合を注視。三角形を形成するように立つことで、審判3名が異なる角度から同時に試合を判定し、誤審を防ぐ対策になっています。
しかし、剣道の勝負はまさに一瞬。竹刀が相手の部位に当たったかを目視で判別するのは大変なことです。剣道未経験は恐らく目がついていかず、どちらの竹刀がどこに当たったのか分からないのではないでしょうか。剣道経験者は、試合者が部位をとらえそうな場面を経験則で察知して、部位に竹刀が当たる瞬間を見逃さずに注視します。しかし、部位に当たっていないのに当たったように見えてしまう、あるいは逆に、当たっているのに外れているように見えてしまうことも。そのため、競技としては誤審が起こり得てしまうのです。
さらに、判定を難しくする問題があります。勝つためには竹刀で相手を打つこと以外にも、以下のように数値では測れない条件があるのです。
- 気迫を込めて打ったか
- 打ったときの体勢は適正だったか
- 打ち終わった後も油断していないか など
打つべき部位を打ったけれども、打ったことが審判に認められないということも当然起こります。スピードが速い上に勝つための条件の複雑さが重なり、剣道未経験にとっては勝敗が分かりにくいのです。
剣道の判定にビデオやセンサー導入は必要なのか
試合のわかりにくさを解消して誤審を減らすため、打つべき部位を竹刀で正確にとらえているか確認できるビデオ判定を導入すべきと考える剣道家もいます。北京2022オリンピックでは、重要な判定にビデオやセンサーを導入している競技が多くありました。さまざまな技術が発達した現代においては、デジタル技術を導入して判定に正確性や分かりやすさを求めることが時代の流れなのかもしれません。剣道未経験にも判定が分かりやすくなれば、剣道に興味を持つ人が増え、剣道界の発展につながるかもしれません。
しかし、そういった利点がありながらも、私は剣道の判定にビデオやセンサーを導入する必要はないと考えます。なぜなら、剣道は競技である以前に武道だから。武道である剣道にとって、相手の部位を正確に打つことは表層的な目的。本来の目的は精神性の向上です。竹刀を上手く相手に当てるよりも、相手に向かっていく勇気の方が大切なこと。勝てたならば現状に甘んじることなくより高みを目指す向上心を持ち、負けたならば自分の弱点を認めて改善に努める潔さを養う。仮に誤審で負けたとしても、自分に落ち度はなかったのかと振り返り、進歩的にとらえてその後の糧とする。武道である剣道では、結果自体よりも結果から何を学びとり、その後にどう生かすかが重要なのだと私は考えます。
今年は縁があり、私も審判を務める機会が多くなりそうです。マイ審判旗も買い揃えました。競技としての透明性や分かりやすさと、武道としての剣道本来の目的。変えても良いことと、変えてはならないこと。剣道界では、このさじ加減がしばしば議論になりますが、私は誤審も含めて剣道であってほしいと願っています。
剣道LABO®︎代表・剣道ファシリテーター。自身の剣道経験と映像編集技術を駆使し、社会人剣道家の上達をマンツーマンでサポートしている。東京・神奈川・千葉・埼玉にクライアント多数。全日本剣道連盟 錬士七段。1976年生まれ。