マラソンなどのレース数日前から、コーヒーや緑茶などのカフェイン摂取を控えるランナーがいる。カフェインのパフォーマンス増強効果をさらに高めるために、あえて体内のカフェインを枯渇させ、レース当日の朝や走っている最中に摂取することで、より強い刺激を体に与えることが狙いだ。発想としては、筋肉中のグリコーゲンを増やすために、炭水化物の摂取量とタイミングをコントロールするカーボ・ローディングに似ている。

確かに、コーヒーをしばらく断った後で飲むと、より覚醒したような気分になると感じる。しかし、実際のところ数日間程度の「カフェイン断ち」をしても、あるいはまったくしなくても、カフェインがスポーツのパフォーマンスに与える効果には大差がないとした研究結果(*1)を、最近ブラジル・サンパウロ大学の研究者たちが発表した。

*1. Can I Have My Coffee and Drink It? A Systematic Review and Meta-analysis to Determine Whether Habitual Caffeine Consumption Affects the Ergogenic Effect of Caffeine.

目次

あらゆるスポーツのパフォーマンスを高めるカフェイン効果

カフェインはコーヒーや緑茶だけではなくチョコレートにも含まれ、ソーダ系飲料やガム、栄養ドリンクにもカフェインを含むものは多い。日常的に入手しやすいため、無意識に摂取することが多いだろう。しかし、カフェインは「パフォーマンス増強ドラッグ」と言えるだろう。WADA(世界アンチ・ドーピング機構)はカフェインの摂取を禁止していないが、監視プログラムの対象物質リスト(*2)に含めていることでも、そのことは明らかだ。

*2 THE 2022 MONITORING PROGRAM

カフェインには、あらゆるスポーツのパフォーマンスを高める効果がある。瞬間的なパワーを発揮するための最大筋力も、あるいは長時間の運動を続けるための筋持久力も向上させることが証明されているし、心理的な疲労感を減少させる効果もある。ランナーからすれば、速く、長く走れるようになるうえ、疲れも感じにくくなるわけだ。

さらに、カフェインには体内のグリコーゲンを節約し、エネルギー源として脂肪の活用を促進する効果もある。ランナーにとっては、レース後半にペースを上げるためグリコーゲンを取っておくことができるし、ダイエットを目的でのジョギングもより効率よく脂肪燃焼させられるのだ。

効果より逆効果が多い「カフェイン断ち」

しかし、カフェインがスポーツのパフォーマンスを高める効果は、どうやら主観的な刺激の強さとは比例しないようである。前述したサンパウロ大学の研究(*1)は、既存の論文を統合解析するメタ解析という手法を取った。これは、以下3つのグループに分け、カフェイン摂取とスポーツパフォーマンス(持久力、瞬発力、筋力)の変化について比較したものだ。

  • カフェイン断ちをしなかったグループ
  • 24~48時間のカフェイン断ちをしたグループ
  • 48時間以上のカフェイン断ちをしたグループ

すると、どのグループも同じようにパフォーマンス向上の効果があった。しかも、その効果の度合いは性別や年齢、トレーニング歴のどれにも影響は受けなかったという。そして、カフェイン断ちをした期間によっても、効果に差は生じなかったということだ。改めて、カフェインがアスリートのパフォーマンス増強に有効であることを裏付けただけではなく、数日間のカフェイン断ちには効果はないことを証明した結果と言えるだろう。

効果がないだけならよいが、カフェイン断ちには逆効果の懸念がある。なぜなら、カフェインとは刺激物であり、常習性もあるからだ。日常的にカフェインを摂取している人が突然それを中止すると、頭痛などの禁断症状が出ることがあり、実際に筆者もそのような経験がある。本番レース前にカフェインを断つと、潜在的なパフォーマンスを高めるどころか体調を崩してしまう恐れがあるのだ。その他にも、カフェインには利尿作用があるので脱水症状の原因にもなり得るだろう。さらに、目を覚ます効果があると裏腹に、睡眠不足を引き起こす可能性もある。

ただし、そうしたカフェインの効果・逆効果の現れ方には個人差がある。一般的に摂り過ぎは健康に良くないが、その適量もまた個人によって異なるものだ。そのため、普段から自分に合ったカフェインの摂取量とタイミングを把握しておき、本番レース直前になってもそれを急に変化させないことが得策と言えそうである。

By 角谷 剛 (かくたに ごう)

アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。