原則として、アルコール摂取が健康に悪影響を与えることは言うまでもないだろう。「百害あって一利なし」とまではいかなくても、お酒を飲まなくて済むのなら、やはり飲まない方がずっと良いはずだ。誰にとってでもそうだが、アスリートにとっては尚更だろう。
アルコール摂取は、テストステロンの分泌量を減少させるので筋力低下に繋がるし、睡眠を妨害するので回復を遅らせる。また、余分なカロリーを含んでいるので体脂肪が増加するほか、利尿効果があるので脱水症状の原因にもなりかねない。それでもお酒はやめられない、やめる気はないという酒飲みのアスリートは、実のところ世の中に多い。なにぜ、筆者自身もその一人である。
それでは、せめて大事な試合やレースの前日くらいは、お酒を我慢しようとする人も多いだろう。アルコールの長期的な悪影響には目を瞑り、せめて本番前にはアルコールを一時的に控える。これは、いじましくも殊勝な心がけではあるが、残念ながらそれでも十分ではさそうだ。今回は、アスリートにそう警告する研究論文(*1)をご紹介したい。
*1. Alcohol and athletic performance.
目次
アルコール摂取はあらゆる種類のスポーツパフォーマンスを低下させる
カナダ・マギル大学のコジリス博士が発表した上の論文は、アーチェリー、握力、ジャンプ力、100m走、筋持久力、800mと1500m走など、多岐に渡る運動能力がアルコール摂取によって受ける影響を調べたものだ。結論として、アルコールはごく少量であっても、あらゆる種類において以下のようなスポーツパフォーマンスを低下させるということだ。
- バランス
- 反応時間
- 瞬発力
- 心肺能力 など
これは、特に驚くべき事実ではないかもしれない。酔ってフラフラしたり息が切れたりした経験は、酒を嗜む人なら多かれ少なかれ皆がしているからだ。
それよりも、この論文には気がかりな記述がある。それが、良いパフォーマンスを発揮するためには、アスリートは運動開始の48時間以上前からアルコール摂取を避けるべきだとしていること。どうやらアルコールの悪影響は、思っていたより長く体内に残るようなのである。せっかく長い間トレーニングを重ねて積み上げてきた能力を、本番前の飲酒で目減りさせてしまう。そうなれば、実にもったいない話だろう。
「本番48時間以上前」の意味すること
市民マラソンを例にとって考えてみると、多くのレースは朝にスタートする。その前夜にお酒を控えようと考えるランナーは多いが、それではスタートの半日前に過ぎない。体内からアルコールの影響を抜くには、これだと十分な時間にはならないのだ。
その前夜、つまり本番2日前の夜に酒を飲めば、アルコールを摂取してから36時間ほどでスタートラインに立つことになる。これでも、まだ48時間以上前という条件をクリアできない。
朝から酒を飲む人は別だが、そういう人は、そもそもマラソンなどを走らないと考えるのが普通だろう。つまり、最後のアルコール摂取からスタートまでの間に48時間以上を空けようとするならば、最後に酒を飲んでよいのは実質的にレース本番日から数えて3日前の夜ということ。もし日曜日にレースがあるなら、最後の一杯は木曜日の夜までに済ませるべきということだ。そして、金曜の夜も土曜の夜も、アルコールを一切口にしてはいけないことになる。
これを知って、「それはきつい」と思う人は多いだろう。中には、アルコールにはリラックス効果があるではないかと主張する人がいるかもしれない。3日間も酒を飲まないと落ち着かない、あるいは眠れなくなるなど不安を感じる人には、立派にアルコール依存症予備軍の疑いがかかる。何を隠そう、筆者が仲間でもある。
スポーツとはマラソンに限らず、程度の差はあれ身体的にも精神的にも、ときに苦しいことを敢えてするものだ。プロでないのなら、その代償として得られるものは達成感や誇りのような感情のみ。それならば、3日間の断酒という苦難にも、敢然と立ち向かってみようではないですか。そう、及び腰ながらもおすすめしたい。もし「それなら、いっそのこと酒なんか金輪際やめてやる」と決意するなら、それに越したことはない。
ちなみに、筆者はコーチとして「俺の言う通りにやれ、俺のやる通りではなく」が基本姿勢だ。そのため、「まずはお前がやってみろ」とは言わないでほしい。今回の研究結果が、それぞれ自身のお酒との付き合い方を見直すきっかけになればと思う。
アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。