ピックルボールは、日本だと耳慣れない言葉かもしれない。しかし昨今、米国で急成長中のスポーツである。あるスポーツ及びフィットネス業界団体機関(Sports and Fitness Industry Association, 略SFIA)が 2022年2月に発表した調査(*1)によれば、ピックルボールの競技人口は480万人で、この数字は5年前のおよそ2倍だということだ。とくに直近の2年間は新型コロナウィルスの影響でスポーツ人口が全体的に減っているなか、ピックルボールのみは成長率39.3%と急増している。
*1. SFIA’S TOPLINE REPORT SHOWS AMERICANS’ INACTIVITY RATE DECLINING.
目次
テニス、卓球、バトミントンの要素を組み合わせたスポーツ
米国におけるピックルボールの普及ぶりは、スポーツ用品店に行くとよく分かる。ラケットスポーツのセクションでもっとも目立つところに陳列されているのが、ピックルボール用品なのだ。筆者が記憶する限り、つい数年前まではその位置をテニスが占めていた。
ピックルボールは中央をネットで分けられたコートに選手が対峙し、両サイドから互いにボールを打ち合うスポーツ。1対1のシングル、あるいは2対2のダブルスで行われる。つまりテニスや卓球、バトミントンと共通した形態だ。
ピックルボールで用いるボールはプラスチック製で、多くの穴が開いている。ボールを打つためのラケットに相当する「パドル」という道具は、木製またはプラスチックの板。卓球のラケットより大きく、テニスのラケットよりは小さい。
コートの面積は幅6.1m・長さ13.4mで、これはバトミントンの公式コートと同じサイズだという。テニスコートの約半分の広さと考える方がイメージしやすいかもしれない。ネットの高さもテニスとほぼ同じである。
ピックルボールは屋内でも屋外でもできるが、専門のコートはまだ少ない。米国ピックルボール協会(USA Pickleball)の公式ウェブサイトによると、全米でその数は約10,000である。しかし、そのことは競技人口を増やす弊害にはなっていない。筆者が住む南カリフォルニアではテニスコートを仕切って、ピックルボールボールのレッスンや試合が行われることが多い。寒冷地や雨の多い地域では、体育館でも行えるはずである。
ピックルボールのネットはテニスのそれより軽いし、バドミントンのように高さが必要ない。そのため、設置することは比較的容易だ。価格も1~2万円程度である。ピックルボールはあまり遠くへ飛ばないうえ、弾みもしないので、テニスほどラインの外に広い場所を必要としない。テニスコート一面を、4つのピックルボール用コートに仕切っているのをよく見かける。その手軽さとスペース効率の良さは、日本でも普及の有利な材料になるかもしれない。
家庭内レクリエーションから生涯スポーツへ
ピックルボールのルールでは、サービスは腰より低い位置から打たなくてはならない。いわゆるアンダーサーブであり、頭の上から叩きつけるような強いサーブはルール上打てないわけだ。そして、ノーバウンドでボールを打つボレーはラリーが1往復した後でなくてはいけないうえ、そのボレーもネット付近では禁止されている。そのため、ピックルボールは他のラケットスポーツに比べるとスピード感に乏しい。ボールに穴が開いているのは、空気抵抗を増やすことによって、ボールの速度を意図的に遅くするためでもある。
そもそもピックルボールの由来は、スポーツと呼ぶよりはレクリエーションなのだ。1960年代、米国ワシントン州に住むある父親が子供たちと家庭内で遊ぶゲームとして考案したことが、ピックルボールの起源とされている。ピックル(Pickle)はその家庭で飼われていた犬の名前だったという説と、その逆に家庭内で楽しんでいたゲームにちなんで犬が名付けられたという説もある。
元々は日本のゲートボールにように、高齢者が行うイメージが強かった。しかし、現在は子供から大人まで、幅広い年齢層に広まってきている。SFIAのレポートによると、競技人口の約17%が65歳以上であるが、その一方で約33%は25歳以下なのだそうだ。
筆者は時々、小学校や中学校で体育の代用教員を務めることがあるが、そこでもピックルボールを使った授業は生徒に人気がある。怪我の心配が少なく、全くの初心者でもすぐに親しめることが最大の強みだ。
2028年ロサンゼルス・オリンピックにピックルボールは登場するか
一方で、ピックルボールを競技スポーツ化する動きもあるようだ。米国ではすでに2つのプロツアーが発足し、第1世代のプロ選手たちが誕生しつつある。競技を統括する国際機関として「The International Federation of Pickleball(IEP)」が2010年に発足し、現在の加盟国は70。そのほとんどがこの3年間以内に加入したもので、日本もそのひとつである(2020年加入)。
IEPは2028年にロサンゼルスで行われるオリンピックで、ピックルボールをデモンストレーション種目に加えることを目指すと公表している。もしそれが実現するとすれば、今からわずか6年後である。日本ではまだ広く知られていないこのスポーツ、オリンピック代表選手を目指すには格好の穴場かもしれない。
アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。