「刀は武士の魂である」。この言葉は、武士にとって刀には精神が宿っていて大切なものだ、という意味合いで使われます。映画やテレビの時代劇などで、耳にしたことのある方もいらっしゃるのではないでしょうか。

日本人は古くから、刀剣を神聖なものととらえてきました。日本の神話では草薙剣(くさなぎのつるぎ)という剣が登場し、三種の神器の一つとして崇められています。日本の長い歴史の中では、刀自体が信仰の対象になったこともあったそうです。たった一振りするだけで、人間の生死を分けてしまう刀剣。これは武力の象徴であると同時に、厳粛なものとして考えられてきたのでしょう。

現代の剣道家にとって竹刀は刀の代用物です。剣道家は、竹刀を刀として大切に扱うよう指導されます。昔から日本人には、「大切なものは丁寧に扱わなければならない。跨ぐなどもってのほかだ」という考え方がありました。ですから剣道家は、竹刀が床に置いてあるときは、竹刀を跨がずに渡るよう注意を払います。刀が武士の魂であったように、竹刀は剣道家の魂と言えるのかもしれません。今回は、剣道でもっとも重要な道具である「竹刀」についてご説明します。

目次

剣道の稽古に“安全”を生み出した竹刀

まずは、「竹刀(しない)」という呼び名について。「弾力があり、力を受けたときに折れず、しなやかに曲がる」という意味の「撓う(しなう)」が、呼び名の由来と言われています。竹刀を扱ったことがない方なら、竹刀は硬い棒だとイメージしているかもしれません。確かに竹刀は硬い棒ではありますが、一定以上の力が加わることによって、鞭のような「しなり」がでるようにできています。相手に当たった瞬間の竹刀を写真で見てみると、竹刀がしなっていることが分かるはずです。

剣道には「突き」という技があり、これは相手の喉を竹刀で突く技です。この「突き」が相手に当たった瞬間の竹刀は、「グニャ」っとしなります。竹刀がしなるように作られていることで、相手を突いても、簡単に竹刀が折れしまうことはありません。相手を突くたびに竹刀が折れてしまっては稽古になりませんから、剣道にとって、刀が持つ「しなる」という特性は重要な要素です。

また、竹刀が開発される以前の稽古は、主に木刀や模造刀を用いた寸止めの稽古が一般的だったと言われています。寸止めの稽古とは、振った木刀や模造刀が相手に当たらないよう、相手に当たる寸前で止める約束の稽古です。しかし、寸止めの約束があっても、稽古は無我夢中になります。止めきれずに、当たってしまうことも少なくなかったそうです。稽古中に怪我をするだけでなく、命を落とすこともありました。竹刀が開発されたことにより、安全に稽古ができるようになったと言えます。もし、竹刀が開発されていなければ、現代の剣道はまったく異質なものになっていたでしょう。

竹刀は竹を縦に8つに割り、そのうちの4枚を使って作られています。4枚の竹をまとめて、鹿革などを加工した部品で固定します。片側の先端には先革(さきがわ)を、もう一方の先端には柄革(つかがわ)をつけ、先革から柄革までを1本の弦(つる)を張って固定しています。

冒頭でも触れましたが、竹刀は刀の代用物です。竹刀にも、「刃」と「峰(刀の刃の逆側)」が設定されています。弦が張られている側が「峰」で、弦が張られている逆側が「刃」。左右が刀の「鎬(しのぎ)」です。竹刀で相手を打つときは、自分の竹刀の弦が見えるように持って、「刃」が相手に当たるように使います。

試合における竹刀の規定

竹刀には、年齢に応じて規定が定められています。これは、公式の試合に出場する際などに用いられる規定です。ボクシングや柔道の体重計量のように、剣道では試合前に竹刀計量が行われます。規定の長さと重さについては下記の通りです(太さにも規定が設けられていますが、今回は省略させていただきます)。

 

中学生

高校生

大学生・一般

長さ(男女共通)

114cm以下

117cm以下

120cm以下

重さ(男性)

440g以上

480g以上

510g以上

重さ(女性)

400g以上

420g以上

440g以上

規定より長い竹刀を使うことはできませんが、短い竹刀を使うことは許されています。ただし、竹刀が短ければ短いほど、相手に接近しなければ当たりません。そのため、勝負においては不利と言えるでしょう。その不利な状況をあえて作り出し、相手と接近しても平常心を保つ訓練として、短めの竹刀を用いる剣道家もいます。重さについても、規定を超える重さがあれば使用可能です。軽めの竹刀を好む剣道家もいれば、重めの竹刀を好む剣道家もいます。

竹刀は自らを高めるための道具

今日まで皆さんは、竹刀に対してどのようなイメージをお持ちでしたでしょうか。「過激な格闘技興行などでパフォーマンスに使う道具」や、「熱血指導をあらわす道具」といったイメージをお持ちの方も多いでしょう。残念ながら、竹刀が持つイメージは、暴力や体罰の象徴になっているのが実情だと思います。

剣道はもともと剣術と呼ばれていました。剣術の成り立ちを遡れば、戦さの中で生まれた殺人術だったと言って良いでしょう。しかし、現代の剣道は人を殺傷するための「術」から、精神性や道徳性を学ぶための「道」へと昇華したものです。そして、竹刀もまた同時に、それが持つ意味合いや目的が昇華したと言えます。現代の竹刀は、相手を威圧したり傷つけたりする道具でなく、自らを高めるために使うものであってほしいというのが、私の強い願いです。

剣道家にとって竹刀は魂であり、神聖なもの。この記事が、これまで剣道に触れたことのない方々にも届き、竹刀を大切に思う剣道家の価値観を知っていただく機会となれば幸いです。

By 三森 定行 (みもり さだゆき)

剣道LABO®︎代表・剣道ファシリテーター。自身の剣道経験と映像編集技術を駆使し、社会人剣道家の上達をマンツーマンでサポートしている。東京・神奈川・千葉・埼玉にクライアント多数。全日本剣道連盟 錬士七段。1976年生まれ。

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