2023年10月8日に行われたシカゴ・マラソンで、ケニアのケルビン・キプタム選手が2時間0分35秒の世界新記録をマークして優勝した。それ以前の世界記録は、同じくケニアのエリウド・キプチョゲ選手が1年前のベルリン・マラソンで記録した2時間1分9秒。キプタム選手の記録は、それを30秒以上縮めて史上初の2時間0分台に突入したものだ。いよいよ、人類によるフルマラソン2時間切りが達成される期待が高まっているが、その日はいつになるのか。そして、人類が到達できるフルマラソン最速タイムはどれだけ短縮されるのか。そんな興味に答えようとした研究をご紹介しよう。

目次

男性はほぼ限界。女性はまだ進化する?

1991年にアリゾナ大学(米国)のマイケル・ジョイナー教授が発表した研究(*1)では、人類に理論上可能なフルマラソン最速タイムを1時間57分58秒だとしていた。

*1. Modeling: optimal marathon performance on the basis of physiological factors.

それからおよそ30年後、2019年にモナシュ大学(オーストラリア)のサイモン・アンガス博士が新たな研究(*2)を発表している。

*2. A Statistical Timetable for the Sub–2-Hour Marathon

アンガス博士が予測するマラソン最速タイムは、1時間58分05秒(女性は2時間5分31秒)だということだ。ジョイナー研究の予測タイムと比べて、わずか7秒しか違わない。どうやら、理論的に人類が可能なタイムは1時間58分前後に落ち着くような気配である。1時間58分はキプタム選手が樹立した現在の世界記録と比較しても、その差は2分30秒でしかない。

1964年に英国のベイジル・ヒートリー(故人)が樹立した当時のマラソン世界記録は2時間13分56秒だった。人類はこの半世紀で13分以上も速く42.195kmを走るまでに進化したが、どうやら肉体の限界に近づきつつあるようだ。

一方で目を女性に転じると、状況は少し異なっているようである。女性の現マラソン世界記録は、2023年にティギスト・アセファ選手(エチオピア)がベルリン・マラソンで記録した2時間11分53秒だ。アンガス博士が予測する最速タイムからはまだ6分12秒の差がある。そもそも、女性のフルマラソンは男性のそれに比べると歴史が浅い。かつて、女性が42.195 kmを走ることは危険だと考えられていたからだ。

1967年のボストン・マラソンで史上初の女性ランナーとなったキャサリン・スウィッツァーさんは、女性参加に反対する競技役員の妨害を受けた。オリンピックで女子マラソンが競技として正式採用されたのは、1984年のロサンゼルス・オリンピックのことである。1982年にシャーロット・テスケ選手(西ドイツ)が記録した当時の女性マラソン世界最速タイムは2時間29分2秒。それから41年後に、アセファ選手は17分以上も短縮したことになる。男性に比べると、女性にはまだ伸びしろが多く残されているのかもしれない。

来年にマラソン2時間切りが実現する可能性は5%?

アンガス博士は、マラソン2時間切りが実現する時期を以下のように予測している。

時期

可能性

2054年3月

25%

2032年5月

10%

2024年6月

5%

アンガス博士の専門はスポーツではなく、経済学者だ。上の予測は、1950年以降の男女マラソン記録の推移を経済モデルに適用した結果である。モナシュ大学のプレスリリースで、博士は以下のように述べている。

公式マラソン大会での2時間切りへの興味は近年ますます大きくなってきています。男性の世界記録がここ数年で78秒も速くなっていることや、ナイキの『Breaking2』プロジェクトでは既にその壁を25秒差で破っていることから、それがすぐにでも実現することを期待する人も多くなっているでしょう。ですがデータを見る限り、我々はまだあと10年ほどは待たなくてはならないと考える方が合理的のようです。
MONASH Universityホームページより)

しかし、スポーツの世界では、しばしば誰もが予想しなかった出来事が起きる。そして5%の確率は、絶対に起きないと断言できるほどは小さくない。これからしばらくの間、我々はマラソン・レースがあるたびに、歴史的瞬間への期待に胸を膨らませることができるようだ。

By 角谷 剛 (かくたに ごう)

アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。

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