米国で最も人気のあるスポーツと言えばアメフトであるが、実は若年層の競技人口には年々陰りが出始めている。競技の性質上、激しい肉体的接触を伴うため、故障が後を絶たないことがその大きな要因として考えられる。

とくに脳しんとうの危険は深刻だ。アメフト選手が引退後も長引く脳のダメージに苦しむ例が多いことは過去の記事で紹介した。

関連記事:【研究結果】アメフト選手が引退後も苦しむ脳へのダメージ

 

2023年10月に米国ジョンズ・ホプキンズ大学の医学者らが発表した研究(*1)でも、引退した元NFLや大学アメフト選手が10年以上前に負った脳しんとうによるダメージが脳に残っていた事例を報告している。

*1. Imaging Brain Injury in Former National Football League Players.

https://jamanetwork.com/journals/jamanetworkopen/fullarticle/2811069

 

目次

アメフトだけの話ではない脳しんとうの危険

最近になって、アメフトのような激しい肉体的接触を伴わないスポーツであっても、脳にダメージを及ぼす危険があることが分かってきた。

例えば、2023年11月に行われた米国放射線医学年次学会(RSNA)で、米国コロンビア大学のマイケル・リプトン医学博士らが発表した研究(*2)では、サッカー選手がヘディングを繰り返すことで脳に深刻なダメージを蓄積する危険があると警鐘を発している。

*2. Soccer Heading Linked to Measurable Decline in Brain Function.

https://press.rsna.org/timssnet/media/pressreleases/14_pr_target.cfm?id=2466

上のニュースレターで、「サッカーのヘディングが長期的な脳への悪影響を引き起こす可能性について、世界的に懸念が広がっています。~中略~ そうした懸念の大部分は、若年期に生じた変化が将来の神経変性や認知症のリスクをもたらす可能性に関するものです」とリプトン博士が述べている。

さらには、サッカーボールよりはるかに軽くて小さいテニスボールが頭に当たるだけでも脳しんとうを起こすこともあり得るとする研究(*3)もある。

*3. Head Injuries Induced by Tennis Ball Impacts: A Computational Study.

https://asmedigitalcollection.asme.org/appliedmechanics/article-abstract/91/3/031005/1169394/Head-Injuries-Induced-by-Tennis-Ball-Impacts-A?redirectedFrom=fulltext

南メソジスト大学の研究者らによると、テニスボールが額や頭頂部に当たるよりも、側頭部に当たると頭部にダメージを受ける可能性が高くなる。 さらに、ボールが90度の角度で頭部に当たると脳しんとうのリスクが増加する。

要するに、真横からテニスボールが側頭部に当たると危ないというわけで、実際にそうしたケースがテニスの試合や練習で発生する可能性は稀だと思われる。しかし、用心するに越したことはない。脳とは我々が思う以上に脆いものらしい。

 

立ち上がれるから大丈夫、ではない

米国カリフォルニア州ではアメフトに限らず、学校スポーツの指導に関わるすべてのスタッフは,脳しんとうへの対応について講習を受けることが義務づけられている。

筆者は別々の高校で野球と陸上長距離走を指導している。頭部へのデッドボールや選手同士の衝突などの可能性がある野球はともかく、まったく肉体的接触がない陸上長距離走の指導を始める前にも脳しんとう対応の講習を求められたときにはいささか面食らった。

基本的には、衝突や転倒など、脳しんとうが起きたかもしれない出来事があった場合、指導者はその選手を即座に試合や練習から外すことを義務づけられている。

どれだけ平気そうに見えても、あるいは選手自身が大丈夫だと主張しても、指導者には復帰の可否を判断することはできない。

その後、選手は医療機関での診断を義務つけられ、定められた期間は一切の運動を禁止される。運動を再開するにためには医師の許可書が必要になる。指導者はその許可書を確認するまでは、その選手をチームのいかなる活動にも参加させることはできない。こうしたルールはすべてのスポーツに適用されている。

脳の故障に関して最も恐ろしいことは、ダメージの深刻さが周りからも自分自身でも分かりにくいことだ。そのときは大丈夫なように見えても、脳に繰り返し衝撃が与えられることでダメージが蓄積していくからだ。

すべてのスポーツ関係者には脳しんとうの予防と対策に関する知識が求められている。

 

By 角谷 剛 (かくたに ごう)

アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。

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