パデルに限らずスポーツの技術を習得する上において、早い段階で「センスある」「センスない」と断定することの危険性をお伝えしたいのと、ある程度の段階までいったあと「成長が止まった」と“勘違い”してやる気を失ってしまう人が少なからずいて、指導者の端くれとしてそういった勘違いを減らしたいという思いがあります。
少々マニアックな内容になるかと思いますが、今壁にぶつかっている方の何か助けになれば嬉しいです。

目次

あなたはどの段階?

運動を学習する際大きく分けて5つの段階を経て習得していきます。

  1. 馴染めそう
  2. わかりそう
  3. まぐれなら出来そう
  4. 出来そう
  5. 思うままに出来そう

ざっくりではありますがこの順番を経て何かの動作というのは覚えていきます。
この1~3の段階は重複している部分が多々あるのですが、ここで意外と多いのは、「まぐれで成功したのに出来た」と勘違いしたり、「最初に失敗したから(今後も)出来ない」と早とちりする人が少なからずいること。
最初の3段階の3段階目というのは「まぐれなら出来そう」なわけですから、最初の成功もまぐれな可能性が高いし、最初に出来なくても2回目でできる可能性もあるわけです。(その2回目の成功もまぐれですが)
「出来るような気がしてまぐれの成功に辿り着く」のと、「まぐれの成功を重ねるうちに出来るような気がする」というのはどちらが先でも後でもなく、この段階では重なり合っている感じです。
出来るような気がしていないのに出来るようにする「学習援助漸減法」という指導方法もありますが、これにはメリットデメリット両方あります。

螺旋状に上達していく

運動を学習する際、「できない」段階から「上手にできる」段階までは直線的に向かいません。
習熟度が上がっていく過程でこれまでに通過してきた段階に戻るということは“何度も”生じ、実際に(一時的に)下手にもなります。
ですがこれは運動を学習する際、より上の段階へと上がっていくための「始まりの合図」とも言え、安易に後戻りとか下手になったと言うことは出来ません。
体操の世界に「技の狂いを喜ぶこと」という言葉があるそうです。
出来ていたことが出来なくなる、これも運動を学習し習熟度を上げていく過程のワンステップということです。
言い換えるなら出来ていたことが出来なくなる、もしくは調子が狂ってきたということは「より高いレベルに向かう前ぶれ」です。
人間はこの過程を繰り返すことで動物とは比較にならないほど多彩で繊細な運動技能を身につけることが出来ます。
動物は自分の動きをより洗練させるとか応用するといったことは出来ません。
ということはこの「出来ていたことが出来なくなってきたことの“喜び”」というのは人間にしか味わえない貴重なものです。
もちろん元から出来ていない人は出来ないことを喜んではいけません。
「出来そう」と思えるまでそれはもう必死に必死に練習してください。
自分の今の現状をきちんと把握するというのは大前提です。

客観視と共感

「自分が今どの段階にいるか分かる」
「調子が落ちたときに理解してくれる人がいる」
これらはコーチと一緒に練習するメリットの中の一つです。
ただこれは一定期間同じコーチに習っていないと出てこないメリットです。
というよりコーチ側もある程度の期間その選手を見ることが出来なければこういったことは提供できません。
コーチは占い師ではありません。(たまに「お前は占い師かっ!」とツッコミたくなるようなコーチもいますが・・)
そしてコーチも人間です。
「感情」や「思い入れ」というものも当然あります。
コーチの“使い方”にも上手い下手があり、上手く使っているようでいてそうでない人というのも少なくありません。(これ勘違いしている人結構います)
競技そのものを理解する。
運動学習を理解する。
選手を理解する。
こんなコーチに私はなりたい。

 

By 庄山 大輔 (しょうやま だいすけ)

2019年にアジア人初となるWORLD PADEL TOUR出場を果たし、2021年現在、45歳にして再度世界に挑戦中。全日本パデル選手権二連覇、アジアカップ初代チャンピオン。国内ではコーチ活動も行なっている。モットーは「温故知新」。

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