ヘッドフォンをつけて音楽を聴くことを、競技前のルーティンにするアスリートは少なくない。周囲からの雑音を遮断して集中力やモチベーションを高めるためか、あるいは緊張をほぐすためか。アスリートによって、恐らくさまざまな理由があるのだろう。そうした心理的な効果というものは、数値的に測定することが困難だ。しかし音楽の効果は、どうやら実際にあるらしい。それも、筋トレの挙上スピードや回数などといった物理的な数値を、実際に向上させるらしいことが分かってきた。

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直前3分間の過ごし方で筋トレのパフォーマンスが大きく変わる

最近米国の医学雑誌に発表されたある研究(*1)によれば、筋トレに取り掛かる前にお気に入りの音楽を数分聴くと、ベンチプレスのパワーと持久力が増すという興味深い結果が報告された。これは、筋トレ中ではないところが重要なポイントだ。

*1. Effect of Pre-Exercise Music on Bench Press Power, Velocity, and Repetition Volume.

研究に協力した10人の被験者は全員が20代の男性で、日常的に筋トレを行っている経験者。種目は全員に馴染みがあるベンチプレスが選ばれた。これは筋トレ動作の習熟度の違いから生じる影響を、できるだけ排除するためである。

被験者らは実験の1回目は事前に音楽を聴かず、2回目はお気に入りの音楽を3分間聴いてから、それぞれ最大挙上重量(1-rep Max)の75%でベンチプレスを限界の回数まで行った。その結果、事前にお気に入りの音楽を聴くことが、被験者たちのパフォーマンスに大きな影響をもたらしたという。音楽を聴いてから行った2回目の実験では、ほぼ全員が1回目よりバーベルを上下させるスピードが速くなったうえ(パワー)、平均して15.4%も挙上回数が増えたのだ(持久力)。論文著者らは結論で、筋トレ前にお気に入りの音楽を聴くことが、パワー出力と持久力の双方に効果があると述べている。

「お気に入りの音楽」ではなくてはいけない理由

それでは、筋トレを行っている最中はどうなのだろうかか。例えばメンバーの気分を盛り上げるため、大音量で音楽を流すジムは多い。というより、音楽がかかっていないジムを探す方が難しいかもしれない。

筆者自身は集中力を削がれる気がするので、できれば筋トレ中は音楽を聴きたくないという考えだ。しかし、そんな自分が世間では少数派であることは自覚している。自分が指導する立場のときも、ジムの方針には逆らえず指示された通りに音楽を流す。そのようなわけで、好むか好まざるにかかわらず、ジムでは音楽からは逃れられないのが普通と言えるだろう。しかし、それは「自分のお気に入りの音楽であること」が重要だとする別の研究(*2)もある。

*2. Effects of Preferred vs. Nonpreferred Music on Resistance Exercise Performance.

この研究ではベンチプレスを行っている最中に、被験者のお気に入りの音楽を聴いた場合と、そうではない音楽を聴いた場合を比較した。するとお気に入りの音楽を聴いた場合の方が、そうでない場合よりパワーと持久力の両方で数値が上になったことを報告している。

まとめ

音楽は上手く付き合うことに、筋トレのパフォーマンスを上げる効果があることは分かった。問題は、音楽の好みは人それぞれ異なるということだ。ある人にとってはお気に入りの曲も、ある人にとっては騒音に等しいなんてこともあるだろう。某メジャーリーグのクラブハウスでは、その日の試合に先発登板する投手に音楽の選択権を与えていると聞いたこともある。

ジムに行くときはヘッドフォンを持参し、お気に入りの音楽を数分聴いてから筋トレを開始。その後は、ジムの選択する音楽が自分に向いていることを祈る。音楽を筋トレの味方につけるには、それがもっとも現実的な方法なのかもしれない。

 

[筆者プロフィール]

角谷剛(かくたに・ごう)

アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。

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By New Road 編集部

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