筆者はウルトラランナーの端くれだ。誇れるようなタイムを出したことは一度もないが、何回かフルマラソン(42.195キロ)以上の超長距離レースを制限時間内に完走した。そう自己紹介すると、「忍耐強いのですね」とか「根性ありますね」などと言われることがある。長距離を走る習慣を持たない人は特にそうだ。
そう言われると悪い気はしないが、何となく自分を偽っている気にもなる。自分が特に精神的に強い人間であるとは思わないし、嫌なことを我慢している自覚もないからだ。走ることが好きだから走っているだけで、もしそうでなければ続けてはいなかっただろう。
それでも超長距離を走るという行為には、さまざまな痛みが伴うことは事実だ。脚が筋肉痛になるのは当然として、酷いときには痙攣(けいれん)を起こすことも。また、靴の中で足の豆が潰れたり、皮がむけたり、あるいは爪が剥がれたりすることもある。そうした痛みをまったく感じることなくウルトラマラソンを走ったことは、少なくとも筆者は一度もない。
ランナーとは痛くなることを知っていながら、それを理由に止めることをしない奇妙な人種と言えるだろう。その中でも、果たして超長距離を走るウルトラランナーは特別に痛みに強いのか。また、ウルトラランナーではない一般人とどう違うのかについて調べた研究がある。
目次
冷たい水に手を漬けていられる時間を比較
ドイツ・ウルム大学の医学者ヴォルフガング・フロイント氏らが行った研究(*1)では、ウルトラランナーと一般人が冷水に手を漬けていられる時間を比較した。
2009年「トランス・ヨーロッパ・フットレース」(64日間で4,485キロを走破するレース)の完走者11人がウルトラランナーグループ、彼らと性別・年齢・人種の似た非ランナー11人が一般人グループである。その結果、一般人グループが平均96秒で手を水から上げてしまったのに対し、ウルトラランナーの11人全員が安全上の上限として定められた3分間いっぱい手を冷水の中に漬けたままだった。
被験者たちに3分間の上限はあらかじめ知らされていなかったので、それまで粘ろうとしたわけでもない。もし上限がなければ、ウルトラランナーたちは3分以上でも我慢した可能性は高いだろう。つまり、ウルトラランナーは一般人と比べて、2倍以上も長い時間を痛みに耐えることができるのである。
ウルトラランナーは忍耐強いのか、それとも痛みに鈍感なのか
ノルウェー・トロムソ大学の研究者は、前述の研究をさらに発展させた。全国レベルのサッカー選手11人、同じく全国レベルのクロスカントリー・スキーヤーとウルトラランナー15人、そして39人の一般人の3グループを比較したのだ(*2)。
*2. Pain Processing in Elite and High-Level Athletes Compared to Non-athletes.
まず行ったのはフロイント氏の研究(*1)と同じ実験、つまり冷水に手を漬けていられる時間を比較すること。ここでも、ウルトラランナーのグループほぼ全員が上限の3分間を記録したのに対し、サッカー選手と一般人のグループはどちらも平均で2分間を越えなかった。
ノルウェー大学の研究(*2)は、さらに痛みを感知するラインについても3グループを比較。冷水の実験とは逆に、加熱されたアルミニウム器具(摂氏47.5度)を腕に30秒間装着し、主観的な痛みのレベルを0から100までの数字で答えてもらったのだ。するとウルトラランナーたちの数値がもっとも低く(45.5)、次いでサッカー選手(51.9)、一般人(59.4)の順だった。
生まれつき痛みに強いのか、トレーニングの成果か
2つの研究が示唆するところによれば、ウルトラランナーたちは痛みに耐えられる時間が長いか、そもそも痛みを自覚しにくい体質であるようだ。ただし、そうした体質に生まれついた人がウルトラランナーになるのか(素質)、あるいは長時間のトレーニングを継続した結果としてその傾向が生まれるのか(努力)、その因果関係を証明することはできていない。サンプル数が少ないうえ、生まれついての体質を子供の頃まで遡って追跡調査したわけでもないからだ。
あくまで個人的な感想を述べるとしたら、素質3割・努力7割くらいではないだろうか。生まれつき鈍感な人は確かに存在するが、鈍感力というものは意識して伸ばすこともできるからだ。
[筆者プロフィール]
角谷剛(かくたに・ごう)
アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。
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