ウルトラマラソンの世界的メジャー大会の1つである「ウルトラトレイル・デュ・モンブラン」(以下、UTMB)が、今後レースの24時間前からゴールするまでの間、ランナーに痛み止め薬品の服用を禁じると発表した。それには、アスピリンやバファリンなどの非ステロイド性抗炎症薬(以下、NSAID)も含まれる。

今年の9月に行われた大会後に初めて行われた検査で、3人の選手がNSAIDを服用していたことが明らかになった。今年に限っては事前のルール周知が十分ではなかったという理由で、違反した選手たちにペナルティーは科せられていない。大会運営側の発表(*1)によると、次回から同様の違反を冒した選手は失格となるという。

*1. UTMBウェブサイト上の告知

目次

痛み止めを禁止する理由―大会運営側の説明

UTMB2008年に「QUARTZ Event Program」と呼ばれる組織を設立し、禁止薬物に関するルール設定と運用を一任している。基本的にはオリンピックと同様に世界アンチ・ドーピング機関(以下、WADA)が定める禁止薬物リストに準拠しているが、痛め止めに関してはさらに厳格な独自のルールを採用することとなった。UTMBはその理由と背景について、大会医療チームを統括する会社の責任者であるパトリック・バセット医学博士のインタビュー記事(*2)を大会ウェブサイトで公開している。

*2. THE RISKS LINKED TO SELF-MEDICATION

博士は痛め止めを禁ずる新ルールについて、ランナーたちが自分の判断で薬品を服用する危険から守るためだと説明している。ランナーにもっとも頻繁に見られるのは関節痛と消化器系の症状で、それらを自分で治療しようとしてNSAIDや下痢止め、吐き気止め等を服用する例が多いということだ。

博士は、ウルトラマラソンのような長時間の耐久レースでNSAIDを服用すると腎臓に多大な負担がかかり、横紋筋融解症を引き起こす危険があるとも警告している。横紋筋融解症とは筋肉細胞が破壊され、血中に流れ出すことで引き起こされる症状だ。そして、その物質が腎臓を始めさまざまな臓器に影響を与えて腎不全の原因となり、最悪の場合は死に至ることもある。

UTMB世界シリーズ化でウルトラマラソン全体に影響が広がる可能性

今のところ筆者が知る限り、痛め止めの服用を禁ずるルールを定めたレースはUTMB以外には見られない。しかし将来的には、ウルトラマラソン全体にその影響が広がる可能性は十分に考えられるだろう。なぜなら、前述したようにUTMBはメジャー大会の1つであり、2022年から各国のレースを予選とする世界シリーズ化の構想(*3)を明らかにしているからだ。

*3. UTMB世界シリーズ

既に5月の時点で8レースが同シリーズに参加することが決まっており、114日にはさらに以下7レースの参加が発表された。

  • Western States(米)
  • Lavaredo(伊)
  • TransLantau(香港)
  • Trail 100 Andorra(アンドラ)
  • Trail du Saint-Jacques(仏)
  • Nice Côte dAzur(仏)
  • Puerto Vallarta México(メキシコ)

これまでUTMB世界シリーズに参加が決まった15レースの中に、日本のものは含まれていない。だが、それらは北米やヨーロッパ、アジア、オセアニアの広範囲に散らばっており、将来的には日本もその影響から免れることはできないだろう。UTMBは最終的に、シリーズ参加レースを30にまで拡大する計画だとしている。そうした世界各地の「予選」レースが、「本選」のルールに準拠することを求められるであろうことは想像に難くない。

ランナーたちの反応

筆者は以前、ウルトラランナーとは痛みに強い(先天的か後天的かは不明にしても)人種であるという説をご紹介したことがある(*4)。

*4. ウルトラランナーは物理的な痛みに強いのか、それとも鈍感なのか

それもやはり程度問題のようで、中にはウルトラレースや長い練習のときに痛め止め薬品を携行するランナーの存在も実際に見聞きする。彼らからすると、オリンピックより厳しいルールを科せられ、法律上はまったく問題がない「常備薬」まで禁じられることになる。当然ながら、このルールに不満の声を上げるランナーは少なくない。他のドーピング禁止薬物とは異なり、痛め止めには競技パフォーマンスを上げる効果はない。健康と安全のためと言われても、それくらいは自分の責任で判断すると反発するランナーがいてもおかしくはないだろう。

さらに言えば、UTMBのルールには運用面で明らかな不備がある。レース前24時間以内という制限だが、それより前に服用した成分が検査時に体内から検出されたらどうなるのか。NSAIDに限らず、摂取した薬品が体内から消えるまでの時間はケースによってさまざまだ。そのためドーピング常用者たちの間では、検査や競技までに利尿剤などで薬品を排出する「マスキング」と呼ばれる行為が横行している。痛め止めを禁止したために、こうした行為が助長されるとすれば、それはルール本来の目的からすると本末転倒になることも大いに考えられる。

筆者自身にはいかなる痛め止め薬品も服用する習慣はない。レースに携行したことはないし、しようと思ったこともない。そのため、このルールが導入されることによる実害はまったくない(そもそも、UTMBに出場するようなレベルのランナーでもない)。しかしながら、健康上の理由からそれらを服用している人が多いことも知っている。そうしたランナーたちに対し、一方的な不利を強いるのは如何なものかと個人的には考える。

[筆者プロフィール]

角谷剛(かくたに・ごう)

アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。

Facebook

By New Road 編集部

スポーツメディア「New Road」編集部 読者の皆さまの心を揺さぶる、スポーツのさまざまな情報を発信しています!