2021年3月、米国で人気のランニング雑誌「Runner’s World」オンライン版が1人の日本人女性ランナーを紹介した(*1)。1月31日に開かれた「第40回大阪国際女子マラソン」で2時間52分13秒をマークし、自らの持つ60~64歳のマスターズ世界記録を大幅に更新した弓削田真理子さん(62歳)である。
*1. Meet the 62-Year-Old Japanese Woman Who Ran a 2:52 Marathon
弓削田さんは世界で初めて60歳以上でフルマラソン3時間切り(サブ3)を達成した(2019年下関海峡マラソン、2時間59分15秒)女性として、米国ランナーたちの間でも有名な存在だ。この記事が公開されたすぐ後、3月14日に行われた「名古屋ウィメンズマラソン2021」でも2時間54分31秒のタイムを出している。
目次
長年に渡ってサブ3記録を達成し続けるランナーたちの研究
マラソンとは、老若男女が一堂に会して競技を行う珍しいスポーツだ。言うまでもないことだが、一般的な傾向としては男性の方が女性より速く、若者の方が高齢者より速い。しかしながら、その傾向は必ずしも絶対というわけではない。弓削田さんのような存在は特別であっても、決して極端な例外というわけではないのだ。自分の子どものような年齢のランナーを軽々と追い抜いていく高齢者ランナーの姿は、どのレースでも見ることができる。
2010年代・2020年代のように10年ごとに区切った年代のことを英語で「decade」と呼ぶが、5decades に渡ってサブ3を達成し続けたランナーたちを調査した研究がある(*2)。
5DS3 – 5 Decades Sub 3 と名付けられた研究対象のランナーは、2019年の時点で41人(男性40人、女性1人)。唯一の女性であるジョーン・ベノイトさんは、ロサンゼルス・オリンピックで女性初のマラソン金メダリストになったランナーだ。前述の弓削田さんはメディアインタビューにおいて、テレビでベノイトさんを見たことがマラソンに挑戦するきっかけになったと語っている。
▼参考
Mariko Yugeta – First Woman Over 60 to Go Sub-3:00 (runnersworld.com)
https://number.bunshun.jp/articles/-/842986?page=2
5DS3の栄えある第1号と認定されているのも日本人だ。ヘルシンキ・オリンピック男子マラソン日本代表の山田敬蔵氏(故人)は1949年に初めてサブ3を記録し、1980年ホノルル・マラソンでは当時53歳で2時間49分12秒を記録している。記録がはっきりしいている中では、1940年代、1950年代、1960年代、1970年代、そして1980年代のすべてでサブ3を達成した史上初のランナーである。
2020年代に入り、上記41人のうち3人がサブ3を達成しており、6DS3という新たな称号が生まれている。今から最短でも42年以上前の1970年代から始まって、ずっとサブ3を出し続けているランナーたちだ。
遅くなることを遅らせる、“継続性”がカギ
研究はそれぞれの5DS3ランナーについて、各年代でのベストタイムの変遷を主に解析した。平均して自己最高記録は初マラソンの5年後くらいに達成され、その年齢は20代後半から30代前半になることがもっとも多い。その後は少しずつタイムが遅くなっていくが、遅くなるペースは1年平均で64秒でしかなく、それが30年以上も続くということだ。5DS3ランナーのタイムが遅くなる平均比率は、10年間で7%の下落という計算になる。
ちなみに、一般のマラソンランナーは大体10年間で10%ほどタイムが下落すると言われている。そのため、5DS3ランナーの7%は、それよりもかなり低い下落率だ。サブ3とは、多くのマラソンランナーにとって夢のタイムと言えるだろう。ただでさえ速い5DS3ランナーは、衰えるペースも遅いのだ。
論文著者の1人であるアンビー・バーフット氏は、自身も1968年ボストン・マラソン優勝者である。この研究で得たデータをもとに、また、多くの5DS3ランナーたちをインタビューして得た考察(*3)を、別のランニング関連ウェブサイトで発表している。
*3.5-Decades Sub 3-Hour Marathoners Analyzed.
バーフット氏は「マラソンタイムが遅くなるタイミングを遅らせる」ためのカギについて、トレーニングの継続性にあると語っている。そして、定期的にレースに出続けることも重要な役目を果たすということだ。バーフィット氏がインタビューした5DS3ランナーたちの中には、ある程度のブランク期間があったランナーもいた。しかし、それが長期間に渡ることはなかったという。
もちろん長い年月の間で、我々の人生にはさまざまなことが起きる。病気や怪我をすることもあるだろう。どうしても走ることができない時期は、誰にでもやってくる可能性があるものだ。それでも5DS3ランナーたちの研究からは、加齢による衰えを遅らせるために、長年に渡る継続性がもっとも重要であることを我々に教えてくれる。
[筆者プロフィール]
角谷剛(かくたに・ごう)
アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。
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