以前まで長距離ランナーに筋トレは不要だと説く指導者は少なくなかったが、現在では流石に少数派だろう。ランナーが筋力を補強する必要性自体は、広く世間に認められてきているように思われる。しかし、それでも「長距離ランナーに大きな筋肉は必要ないし、体重が増えることは不利でもある。それよりも持久力をつけるためには、筋トレは低重量高回数が向いている」と説明されることがまだまだ多い。実を言えば筆者も、数年前までそのような指導を行っていた。
低重量高回数とは、一般に1RM(1回だけ持ち上げられる最大重量)の60%以下で12~20回程度か、それ以上の挙上回数を1セットとするやり方を指す。軽いものを多く挙げて、主に筋持久力の向上を狙う方法だ。腕立て伏せやエアースクワットなど、器具を使わない自重エクササイズもそれに含まれる。一方、強く大きな筋肉を身につけるには、高重量低回数(1RMの80%以上で、1セット5回以下の挙上回数)の方法が向いているとされる。そのような背景から、陸上競技で言えば長距離ランナーには低重量高回数、スプリンターや投擲の選手には高重量低回数がよく勧められるわけだ。しかし、特に前者に関しては誤解も多い。そこで、長距離ランナーと筋トレの関係について、研究結果を取り上げながら考察していこう。
目次
低重量の筋トレは効果が小さい
大腿四頭筋を鍛える筋トレ種目の1つである「ニー・エクステンション」で、右足と左足で重量負荷を変え、挙上重量と筋トレ効果の相関性を調べたユニークな研究(*1)が2008年に発表されている。
この研究では11人の若い男性(25歳前後)を被験者に選び、12週間に渡って週3回の筋トレを行ってもらった。片足は1RMの15.5%(低重量)で1セット36回、もう片足は1RMの70%(高重量)で1セット8回、これらを交互に合計10セット(片足5セットずつ)のニー・エクステンションを行うという方法である。
その結果、どちらの足にも同じような筋肥大効果があったが、筋力の向上率は低重量のトレーニングを行った方の足がはるかに劣っていた。つまり、低重量高回数で筋トレを行うと筋肉量は増えるかもしれないが、筋持久力やスピードを向上させる効果は少ないかもしれないということだ。どうやら、体重を増やさないために高重量の筋トレを避けるというのは、イメージから来る誤解のようである。
さらに2017年に発表されたメタ解析研究(*2)も、同じような結論を出している。
この研究では、挙上重量と筋トレ効果の相関性を調査した既存21個の研究論文データを解析した。その結果、下の3つを発見として挙げている。
- 1RMの向上率は高重量の方が大きい
- 等尺性筋力の向上率は高重量も低重量も変わらない
- 筋肥大効果は高重量も低重量も変わらない
目的に応じたトレーニング方法を選ぶ重要性
長距離ランナーが低重量高回数の筋トレ方法を選ぶことが多いのは、筋持久力を高めることに向いていると思われるからだろう。そのこと自体は間違っていないかもしれない。しかし、そもそも長距離ランナーは毎日のように走ることで、競技練習そのものが筋持久力トレーニングにもなっている。せっかく専門とは異なる種類のトレーニングをするときに、わざわざ同じ効果を求める必要はない。また、筋トレで得た筋持久力が、ランニングとは異なる動作であることも忘れてはならない。長距離ランナーであるないに限らず、筋力を強化する目的で筋トレを行うのであれば、より効果の高い、高重量低回数の方法を選択するべきと言えるだろう。
ただし、低重量高回数の筋トレがまったく無駄ということではない。筋力強化の効果が比較的小さいというだけで、ゼロやマイナスになるわけではないからだ。さらに言えば、筋トレ初心者がいきなり高重量に挑むことは無謀でもある。重量を軽めに設定することで、フォームを習得しやすいという大きなメリットがある。関節に過大な負荷がかからないので故障のリスクは少ないし、あるいは故障してしまったときのリハビリにも向いている。
より大きな効果を筋トレに求めるならば、まずは正しいフォームを身につけること。そして、安全に筋トレを行える自信がついた段階から、徐々に高重量低回数の方法へシフトしていくべきだろう。
[筆者プロフィール]
角谷剛(かくたに・ごう)
アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。
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