現在のフルマラソン世界記録保持者でありオリンピック2連覇、そして人類初となるフルマラソン2時間切りを達成したエリウド・キプチョゲ選手が、ウルトラマラソンにも興味があると発言した(*1)。『Training For Ultra』と題するポッドキャストに出演したキプチョゲ選手は、次のように話している。

「マラソンを引退した後は、ウルトラマラソンを走ってみたいです。ただ、それがどのようなものかを感じてみたいのです。例えば、4日や5日を続けて走るとか、70kmを一気に走るとか、そうやって長く走り続けることの痛みを感じてみたいと本当にそう思うのです」

※1.Eliud Kipchoge – On Pain, Limits and the Possibility of Ultramarathons

目次

フルマラソンとウルトラマラソンの垣根がなくなる?

「痛みを感じてみたい」とは何とも求道者らしい言葉だが、もし何年後かにキプチョゲ選手が本当にウルトラマラソンに挑戦したとしても、それは元オリンピック代表マラソンランナーとして初めての試みというわけではない。2012年と2016年に2大会連続でオリンピック米国女子マラソン代表として出場し、2018年ボストンマラソンで優勝したこともあるデズリー・リンデン選手は20214月に50km走へ挑戦し、見事に同距離の世界新記録(2:59:54)を樹立しているのである。

一方で、それとは逆の例もある。ウルトラマラソン世界3大メジャーレースの1つである『Western States 』(161キロ)を201820192021年に3連覇したジム・ウォルムズリー選手が、2020年東京オリンピックの米国男子マラソン代表選考レースに出場したのだ。ウォルムズリー選手にとって生まれて初めてのフルマラソン経験にもかかわらず、2:15:05のタイムで15位に入った。その後、ウォルムズリー選手は20211月にHOKA ONE ONE(ホカ オネオネ)が主催した『Project Carbon X 2』で100km走の世界記録に挑戦。わずか12秒差の6:09:26で惜しくも新記録達成を逃した。なお、現在の同距離における世界記録は、2018年の『サロマ湖100kmウルトラマラソン』で日本の風見尚選手が樹立した6:09:14である。このように、マラソンとウルトラマラソンの間を行き来するエリートランナーは、これからも増えていくのではないだろうか。

ウルトラマラソンがスポーツとして認識される日は近いか

長い距離を走る習慣を持たない人には、奇妙に聞こえるかもしれない。42.195kmちょうどであっても、それを越える長さであっても、どちらも自分の足で走るには非日常的な距離に違いないからだ。しかし、オリンピック競技でもあるマラソンとそれ以上の距離を走るウルトラマラソンは、長い間まるで別物のように見られてきた。ある意味、ウルトラマラソンは極限ドラマのように語られることはあっても、マラソンのような競技スポーツとして評価や敬意を受けることはあまりなかった。言葉は悪いかもしれないが、ウルトラマラソンは“キワモノ”のようであったとも、あるいはプロレスに対するアマレスのような関係であったとも言えるかもしれない。

ところが近年、世界中でウルトラマラソンは急成長を遂げている。『RunRepeat.com』の報告(*2)によれば、1996年から2018年までの23年間で、ウルトラマラソンの参加者数は延べ34,401人から611,098人へ実に1676%増加したということだ。

*2. The State of Ultra Running 2020. 

その一方、フルマラソンの参加者数は微増しているに留まり、5km走のレース参加者数ははっきりと減少。こうした傾向は、2015年から特に顕著になっている。ランナー全体の数が減ったわけではなく、ウルトラマラソンを志向するランナーが増えたと見るべきだろう。

競技人口の裾野が広がれば、ピラミッドの頂点は高くなっていくのが自然である。フルマラソンの2時間切りのように、ウルトラマラソンの記録は今後ますます伸びていくだろう。また、それに挑戦するエリートランナーたちも増えるはずだ。 

市民ランナーにとってのウルトラマラソンとは

筆者はフルマラソンとウルトラマラソン、両方のレースを走った経験がある。とはいえ競技者レベルではなく、フルマラソンのベストタイムが3時間半をようやく切り、50100㎞の比較的穏当な距離のウルトラマラソンを何回か走ったことがある程度だ。それくらいのレベルの市民ランナーであれば、フルマラソンを走ることとウルトラマラソンを走ることの間にさほど大きな差は存在しない。単に42.195kmという人為的に決められたラインを到達点とするか、あるいはそれよりちょっと走り続けてみるかの違いでしかないだろう。いわば、どちらも日々のジョギングと同じ延長線上にあるものだ。むしろ100m走といったスプリント競技の方が、フルマラソンとは別世界のエクササイズと呼べるのではないだろうか。

しかし、同じ距離を自分の足で走ったという経験から、ウルトラマラソンを競技として行うとなれば、その過酷さは筆者が経験したものとは大きく異なるだろうと想像することはできる。それだけにウルトラランナーにも、マラソンランナーと同じくらいの敬意が世間から払われることを期待してやまない。

[筆者プロフィール]

角谷剛(かくたに・ごう)

アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。

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By New Road 編集部

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