女性の相撲は力だけではなく、速さや技で見せられるのが魅力。そう語る奥富夕夏さんは、相撲のイメージからは想像できない小柄な体躯である。9歳から相撲を始め、軽量級(65kg未満)で全日本選手権三連覇の功績を持ち世界を相手に勝負をする実力派。

「女子相撲は階級別で分かれているから、私のように小柄でも競技ができます。私は無差別級の試合でも、重量級との勝率は高い方です。」

と笑みを見せる奥富さんは、正社員として大手企業に勤めながら相撲競技を続ける二足のわらじだ。20227月に米国・アラバマ州で開催が予定されている4年に一度の国際スポーツ競技大会「ワールドゲームズ」で、相撲競技への出場権を手にしている。ワールドゲームズは約100カ国の国と地域から3,000名のアスリートが集い、公式30競技・公開4競技で世界の頂点を決める国際的なスポーツ大会。相撲は2005年から正式競技として登録され、奥富さんは今回二度目の出場だ。

日本人になじみ深い相撲は、国際競技として世界で発展している。柔道やレスリングなど他競技をベースにした選手も多いため、日本で見る相撲とは趣向も異なる。世界を舞台に挑戦を続ける奥富さんに、女子相撲の魅力や世界の相撲についてお話を伺った。

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他競技とは違う、相撲独特の駆け引き

千葉県柏市出身の奥富さんは3歳から柔道を始めた。柔道と言っても健康的なクラブ活動で、わんぱく相撲にも出ていたとのこと。父親はバレエやピアノを習わせたかったそうだが、「当時、太っていたのでバレエという感じではなかったですね」と首をかしげながら微笑む。大学ではアマチュア相撲の名門・日本大学に進学し、2019年国際女子相撲選抜堺大会の軽量級(65kg未満)では優勝を手にした。

「女子は3人制の団体戦もあります。他競技と違い、体重に決まりはありません。大学で組んだ団体戦の後輩は100kg120kgでした。タイプにもよりますが、大きい人との試合は割と得意です。電車道(立ち合いから一気に押すこと)は得意ではありませんが、四つ相撲(お互いに腕を差し合い体が密着して組み合う)は得意。試合は小さい人と大きい人が対戦するのが一番盛り上がります。ただし、小さい人が勝った場合の話ですけどね。」

柔道を経験し、現在は総合格闘技もする奥富さん。相撲独特の駆け引きについて、次のように話してくれた。

「相撲は積極的でも足が土俵から出てしまえば負けるし、消極的でも勝ちを拾いにいって勝つことがあります。柔道は組まないと投げられませんが、相撲は離れていることにマイナス要素はありません。あえて距離をとり、俵に足をかけて優位なポジションを取ることもあります。」

相撲は一度悪い態勢になったら、他競技よりも取り戻すことが難しいとのこと。立ち合いでほぼ勝負が決まると言われており、相手が強く当たってくるのか避けられるのか、相手の出方がわからない点に緊張感があるという。一瞬の駆け引き、そして判断で勝負が決まる競技だ。

続けたくても続けにくい練習環境の課題

「女性が相撲していると言うと、大相撲に入りたいのだと思われていることが多いんです。私たちは伝統文化の相撲に意義を唱えたいわけでもありません。ただ、シンプルに競技で結果を出したくて、継続できる練習環境を望んでいます。」

一般的によく目にする大相撲と、奥富さんが所属するアマチュア相撲は全く別のもの。以前、両国国技館の土俵に女性が上がる件が話題になり、相撲は女人禁制のイメージが定着してしまった。しかし、奥富さんが活躍するアマチュア相撲は公益財団法人日本相撲“連盟”であり、大相撲の公益財団法人日本相撲“協会”とは統財団法人が異なる。

日本相撲連盟は加盟団体として日本女子相撲連盟を1996年に発足。その目的は、相撲をオリンピック競技にするためだ。そのためにはジェンダーバランスが求められるが、相撲は男性の競技者が多いため女性競技者の普及に向けて発足したのだった。

男性のアマチュア相撲の競技者は、学生または実業団に所属しながら続けている。一方、女性は所属できる実業団が少なく、学校を卒業してから競技を継続する環境が少ない。そのため、競技から離れてしまうケースが多いそうだ。奥富さんが勤務する企業には相撲の実業団こそあるものの、女性競技者の枠がないため一般社員として勤務している。その企業を志望したのも、相撲ができる練習環境を求めてのことだった。実業団の所属競技者にはなれないが、練習には参加して構わないと言われ参加している。競技によって仕事に穴が開かないよう、日々の仕事に抜かりはない。

「海外に出ると、他の競技をして結婚・出産してから復帰する選手もいます。私も36歳の選手に負けたことがあります。」

奥富さんも会社以外で練習できる場所を求め、総合格闘技を取り入れた。しかし、社会人になって初めて参戦した202110月の全日本女子相撲選手権大会・軽量級(65kg以下)では準優勝を飾るも、自身の練習不足を痛感しているという。

1回戦から思い描いた相撲をとれているのですが、予想と違う相撲になりました。目を怪我してしまったのですが、通常より頭を下げてしまったことも考えられます。トレーニングは怠っていませんが、相撲の練習量が絶対的に足りません。会社の練習は全員男性なので、どちらかというと受けてくれます。でも、実際に女子とやってみたら感覚が違いました。」

日本における女子競技者としてのピークは大学生と言われている。しかしこれは、心技体の問題ではなく練習環境も要因の一つ。奥富さんも、模索する日々が続いているようだ。

世界相手では自分の相撲がとりにくい

海外で試合すると、日本の環境下とはまったく違うシチュエーションに出くわすことがある。これについて、具体的に次のようなことを話してくれた。

「日本はハッケヨイの声がかかる直前、会場が静かになるんです。しかし、海外では国のコールが鳴り止まないこともありますし、相撲っぽくない動きをする選手もいます。通常は土俵に入ったら蹲踞して構え、ハッケヨイと始まります。しかし、ずっと体を叩いていたり、独特なステップを踏んでいたりする選手もいるので、気になってしまうことがあるんです。」

相撲は両手が土につけばハッケヨイをかけることができ、始めるまでの型には決まりがない。しかし世界に出れば、日本にはない独特の間やリズムに自分の相撲が取れないときがあるそうだ。

「レスリングや柔道を掛け合わせてくるので、外国人選手は相撲だけど相撲じゃないんです。足をかけたり、足を最初から取りにいったり。日本人は感覚的に押す相撲が多いのですが、ルールはそれだけではないので日本人が負けてしまうこともあります。」

奥富さんは押す相撲を得意とせず、気力と我慢がものをいう取り組みの長い潜り相撲だ。日本人相手では優位な形だが、海外では形を変えることもあるという。次の世界大会を見据え、自身の課題感についても話してくれた。

「日本人が相手なら強みですが、外国人相手だと、まだ制するまでには達していません。軽量級で世界をとるためには、相手に何もさせず一気に持っていける方が強い。そこが難しいですね。」

勝利を掴んで世界の頂点へ

環境づくりや世界における競技発展と、目まぐるしい変化の中で挑戦する奥富さん。それでも続けている理由を尋ねると、帰ってきたのは次のような言葉だった。

「自分の力で世界を目指せる競技であり、自分に向いている競技だったから。今の目標は、ワールドゲームズに出て優勝することです。」

女子選手の練習環境の整備に課題があることは、認知度の低さも一つの理由として考えられるだろう。奥富さんは総合格闘技のアマチュア試合にも出場しているが、その際に必ず蹲居をするのは、相撲競技への誇りと周りへのアピールも兼ねている。「相撲と総合格闘技、二刀流ですね」と伝えると、すぐに「会社員もやっています」と返してくれた奥富さん。三刀流で励みながら、2022年に世界の頂点を目指している。

奥富夕夏(おくとみ ゆうか)

千葉県柏市出身、日本大学卒。小学6年生の全日本小学生女子相撲大会で、50kg以上60kg以下の部で優勝。これを皮切りに全日本女子相撲選手権、全国選抜女子相撲大会で数々のタイトルを奪取。全日本女子相撲選手権では軽量級で3連覇、国際女子相撲選抜堺大会では2019年に同階級で優勝。

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By たかはし 藍 (たかはし あい)

たかはし 藍(たかはし あい) 元初代シュートボクシング日本女子フライ級王者。出版社で漫画や実用書、健康書などさまざまな編集経験を持つ。スポーツ関連の記事執筆やアスリートに適した食事・ライフスタイルの指導、講演、一般向けの格闘技レッスン等の活動も行う。逆境を乗り越えようとする者の姿にめっぽう弱い。