2022年2月に中国の北京で行われた冬季オリンピックは幕を閉じ、次回の2026年大会はイタリアのミラノ・コルティナダンペッツォでの開催が予定されている。1924年にフランスのシャモニー・モンブランで始まった冬季オリンピックは、第2次大戦中に2回の中止を挟み、2026年で第25回目を迎える。4年に1度行われるウィンタースポーツの祭典は、これまでに延べ21の都市で開催されてきた。日本でも1972年に札幌で、そして1998年には長野で開催。札幌市は、2030年大会の招致を目指すことを表明している(*1)。
ところが、地球規模の気候変動が現在のペースで進むと仮定すれば、その21都市のうち今世紀末になっても冬季オリンピックを開催可能な都市は、わずかに1つだけになる。そんな衝撃的なシムレーション結果(*2)を、カナダ・ウォータールー大学が発表した。
*1. 札幌市ホームページ
*2. Climate change and the future of the Olympic Winter Games: athlete and coach perspectives
目次
地球温暖化がアスリートの安全を脅かす
研究チームは1920年代から現在までの気候データを解析し、さらに未来の気候変動のシナリオを予測した。通常、冬季オリンピックは北半球では真冬にあたる2月に行われる。研究結果によると、過去に開催した都市の2月における日中平均気温は、この約100年間で著しく上昇。1920年から1950年代にかけては摂氏0.4度、1960年代から1990年代は摂氏3.1度、2000年代以降は摂氏6.3度という急激なカーブだ。温暖化ペースがこのまま進むと、21世紀末までに日中平均気温は、現在よりさらに摂氏2度~4.4度の上昇が予測されるとのことである。
気温の上昇は積雪量の減少に繋がる。すでに2022年の北京オリンピックでは、屋外会場のほとんどが人工雪によるものだった。一般的に人工雪は天然雪より硬く、中には人工雪で固められたコースを「コンクリートと変わらない」と表現する選手もいる。その上を、例えばアルペンスキーなら時速100km以上で滑り降りるし、あるいはスノーボード・ハーフパイプなら5m以上のジャンプから着地する。北京オリンピックが開催される前の練習から、選手に大怪我が相次いだことは記憶に新しいだろう。怪我がなくても、それを恐れることで競技パフォーマンスが落ちることも当然ながら考えられる。
研究チームは、国際舞台で活躍するウィンタースポーツのアスリートと指導者にアンケート調査を実施。すると、89%が「気候の変化が競技コンディションに影響を与えている」と回答し、さらに94%が「気候変動はスポーツの未来における発展を危うくさせる」とも回答している。
スポーツの存続に望みはあるのか。未来へのシムレーション
研究者たちは、パリ協定で採択された気候変動に関する国際的枠組みが目標通り進んだケースとそうでないケースに分け、過去に冬季オリンピックを開催した21都市の気候が2050年代と2080年代にはどうなるか予測した。まず温室効果ガス排出削減が目標に到達できなかった場合、2050年代に冬季オリンピックを安全に開催できるのは21都市中4都市、2080年代には1都市に減ってしまう。ちなみに、その1都市とは日本の札幌である。これに対してパリ協定の目標通りに温室効果ガス排出削減が進めば、2050年代には9都市、2080年代でも8都市で開催可能。上記に札幌に加えて、長野もそのリストに入る。
人工雪を造るには大量の水を必要とする。環境悪化によって積雪量が減り、その穴埋めにさらに環境資源を使うという悪循環は、誰もが望むシナリオではないだろう。冬季オリンピックに限らず、すべてのスポーツを考える上で、我々は環境問題に無関心ではいられない。なぜなら、我々が直面している温暖化とスポーツに関連する問題は、ウィンタースポーツだけには留まらないからだ。
この論文が引用している別の研究(*3)によると、北半球に属する645の都市の92.5% から 98.5%までは、21世紀の後半に7月と8月にマラソンを安全に行う気候条件を満たさない。つまり、夏のオリンピックをその時期に開催することは不可能になると予測している。
*3. The last Summer Olympics? Climate change, health, and work outdoors
東京オリンピックではマラソンを札幌で開催した。このことは、気候変動がスポーツの存続を脅かす代表的な1例でもある。そして屋外で行うどのスポーツも、地球規模の気候変動と無関係ではいられないと考えるべきではないだろうか。
アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。