2022年のNFLスーパーボウルは、北京冬季オリンピックのさなかである2月13日に行われた。米国内において、注目度はスーパーボウルの方がはるかに大きい。ただし今年に限って言えば、この全米最大のスポーツイベントでもっとも注目を集めたのは、地元ロサンゼルスでの優勝を果たしたラムズでも、ハーフタイムショーに出演したドクタードレーやエミネムでもない。試合前のアナウンスに登場した、俳優のドウェイン・ジョンソンではなかっただろうか。フィールドの真ん中にひとり仁王立ちして絶叫するジョンソンの鍛え上げられた肉体は大観衆を圧倒し、そして熱狂させた。 

「ザ・ロック」の異名を持つジョンソンは大学アメフトの選手であったし、元プロレスラーでもある。プロレスラー時代のプロフィールでは身長196cm・体重118kgとあるから、NFL選手たちと並んでも見劣りしないのは不思議なことではない。しかし、ジョンソンは1972年生まれで、もうすぐ50歳の誕生日を迎える。ただ「デカイ」だけではなく、研ぎ澄まされたような筋肉はまさに驚異的と言うしかないだろう。

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ルーティンは朝食前の有酸素運動、その後は167

ジョンソンは毎日の活動を、空腹状態での有酸素運動で開始するという。日の出より早く起床し、お腹が空っぽの状態で有酸素運動を行うのだ。それによって新陳代謝を良くし、張りつめた状態に保つことができるのだとか。

その後、ジョンソンは1日に67回は食事をする。可能な限り栄養のバランスを取るように心がけており、たんぱく質や炭水化物、良い脂肪、そしてときには砂糖も、1日の中でタイミングを考えながら摂取しているという。

ダイエット効果だけでなく、新陳代謝の活発化も促す“Fasted Cardio”

空腹状態で有酸素運動を行うことは“Fasted Cardio”と呼ばれ、フィットネスやスポーツ関係のメディアにもよく登場する。ただし、そのほとんどはダイエットと関連して語られ、アスリートが取り入れるときも減量や脂肪燃焼を目的とすることが多い。

人間の身体は、主に脂肪よりも糖質を優先的にエネルギー源として使う。主要エネルギー源が糖質から脂質に切り替わるのは、体内の糖質が使い切られたときだ。空腹時とは筋肉や内臓に貯蔵した糖質が枯渇した状態を意味するので、最初から自然に脂質がエネルギー源として使われる。そのため、脂肪を効率よく燃焼することができ、ひいては体重減に繋がる。それがよく見聞きする理屈だ。

イギリスの栄養学ジャーナルに公開されたある研究では、空腹状態でトレッドミルを走ったランナーは食事をしたランナーより20%多く脂肪を燃焼したと報告している。

*1. Breakfast and exercise contingently affect postprandial metabolism and energy balance in physically active males

しかし、ジョンソンの目的がダイエット「だけ」ではないことは、あの巨大な筋肉を見れば明らかだ。余分な脂肪をカットする、ボディビルディング的な側面もあるだろう。しかし、それにも増して空腹状態での有酸素運動には新陳代謝を活性化する効果があり、それがパワー系のトレーニングにも良い影響を与えているのではないだろうか。

1日のサイクル内で摂取する栄養をトレーニング目的に応じて調整

「腹が減っては戦ができぬ」と古くから言われるように、空腹状態では発揮できるパワーは限られてくる。強度の高い運動、例えば重いモノを持ち挙げる、あるいは速く走るようなときには、糖質が重要なエネルギー源として使われるからだ。

そこで最近、糖質を完全に排除するのではなく、1日単位のサイクルの中でトレーニングの内容とタイミングに応じて糖質の摂取量をコントロールする方法が脚光を浴びている。これは “Sleep Low”と呼ばれるもので、主に長距離走やトライアスロンといった耐久系アスリートの間で広く用いられている。朝食前に低強度の有酸素運動を行い、その後の朝食や昼食ではある程度の糖質を摂取し、午後に高強度の運動(インターバル走など)を行うというものだ。これによって、朝は脂肪をエネルギー源として優先的に使う体質への作り換え(ファット・アダプテーションと呼ばれる)を図り、午後はスピード系やパワー系のトレーニング強度も妥協しなくてよくなる。

Sleep Low” を研究したある論文では、トライアスリートたちが週に4日の “Sleep Low” を3週間実行したところ、10km走のタイムが平均して75秒(約3%)速くなったことを報告している。 

*2. Enhanced Endurance Performance by Periodization of Carbohydrate Intake: “Sleep Low” Strategy. 

ジョンソンのルーティンは、どうやら“Sleep Low” の考え方に近いように思える。筆者自身も朝食前にジョグして、午後に筋トレを行うというパターンを数か月単位で続けたことがあった。1日に食事する時間帯は8時間以内に限定し、断続的断食と呼ばれる方法を試してみたのだ。その期間中、食べる量は普段よりむしろ多くなったにも関わらず、体重は数kg、体脂肪率も数%は少なくなった。平たく言えば、「細マッチョ」方向に近づいたのだ。長距離走のタイムは向上し、さらに筋トレのパワー数値も落ちなかった。興味のある人は、一度試してみてはどうだろうか。

[筆者プロフィール]

By 角谷 剛 (かくたに ごう)

アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。