トレイルランニングのように起伏が多いコースを走るランナーは、1日に何回もある選択を迫られる。それは、険しい登り坂が目の前に迫ってきたとき、それでも走り続けるか、あるいは歩きに切り換えるかである。
一般的にランナーとは、走り続けることに誇りを胸に抱く人種と言えるだろう。登り坂であっても歩くことを潔しとせず、無理してでも走り続けようとするランナーが多い。歩いてしまうと、何やら自分に負けた気がすることもある。後ろから走り続けているランナーに追い抜かれれれば、走力だけではなく精神力でも劣っているように感じてしまうかもしれない。
言うまでもないことだが、登り坂を走るのはとても苦しい。もちろん、走る方が歩くよりタイムが速くなることは間違いないが、その後の体力を温存するためには、歩くことも決して無意味なわけではない。もうひとつ注意したいのが、「走る」と「歩く」は生体力学的に違う動作だということ。歩くのはスピードを下げて走ることではないし、走ることはスピードを上げて歩くことではないのだ。
目次
登り坂を歩くとふくらはぎの筋肉は走るより疲労する
コロラド大学の研究者たちが発表した研究(*1)では、登り坂を歩く動作は走る動作と異なった刺激を筋肉に与えることを明らかにした。
この研究は傾斜角度30°のトレッドミルを用いて、「走る」動作と「歩く」動作との間で重心移動、足のメカニズム、そして筋肉の疲労度を筋電図検査(EMG)で比較したものだ。その結果、以下のことが分かったという。
- 「走る」動作では1歩ごとに重心移動のピークが1回だけなのに対して「歩く」動作ではピークは2回ある
- 「走る」動作はステップの頻度が「歩く」動作より40%速かった
- 「走る」動作は足が地面に着地している時間が「歩く」動作より40%少なかった
- 「走る」動作はヒラメ筋(ふくらはぎ)の疲労度が「歩く」動作より36%少なかった。それ以外の筋肉では疲労度に大きな差はなかった
つまり、登り坂を走らずに歩くということは、決して楽しているだけではない。むしろ、ふくらはぎの筋肉に、より大きな負荷をかけているのである。あるいは、そのことがダメージとして残り、レース後半にじわじわと影響してくる可能性もあるだろう。
レースではなくトレーニングに目を向けると、違った側面が浮かび上がってくる。あくまで部分的にはであるが、登り坂を歩くことは走るよりも筋肉強化に効果が大きいとも言えるのだ。歩くときは常にどちらかの足が地面に着いていて、前に進むためには重心を片足から別の足に移動させる。その一方、走るときは両足ともが空中にある短い時間が存在する。運動生理学的には、歩くと走るは違う動作として考えるべきと言えるだろう。当然、両者からは違う種類の刺激が筋肉に発生することになる。
坂道インターバル走の落とし穴
長距離ランナーの伝統的な練習方法のひとつに、坂道インターバル走がある。100mほどの坂を、登りは全力で走り、下りはジョグでつなぐ。それを繰り返すというもので、心肺機能と脚力を同時に鍛えられるトレーニング方法だと広く信じられてきた。主観的には大変苦しいトレーニングであり、だからこそ効果も大きいと思われがちだろう。しかし、それもどうやら過大評価だったらしいことが研究(*2)で明らかになっている。
こちらはトレッドミルの傾斜を10°に設定し、30秒間の全速力走を10~14セットというインターバル・トレーニングの効果を、傾斜なしの場合と比較したものだ。それによると、傾斜の有無にかかわらず、心肺能力の測定値に同じ程度の向上が認められた。しかしながら、両者とも筋力面の変化は少なかったという。つまり、坂道インターバル走には通常のインターバル走と同じような心肺能力向上の効果はあるが、筋力を向上させる効果は特にないということのようである。
筋力向上を目指す、それも特にふくらはぎを鍛えるには、坂道トレーニング走よりハイキングの方がより効果的なのかもしれない。登り坂を走り切ることには達成感があり、それを否定するものではない。しかし、歩くという選択によって、無闇にやましさを感じる必要もないようだ。
[筆者プロフィール]
角谷剛(かくたに・ごう)
アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。
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アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。