ナイキが2017年にヴェイパーフライ4%の販売を開始して以来、世界中で長距離ランの記録が全体的に向上している。しかし、実はその向上率には性差があり、女性ランナーの記録は男性のそれよりもタイム向上率が顕著に高いという研究結果(*1)が発表された。
*1. Effect of Advanced Shoe Technology on the Evolution of Road Race Times in Male and Female Elite Runners.
日本では、よく箱根駅伝ランナーの多くがヴェイパーフライ4%を使用していることが報道され、それ以外のシューズを履く選手がかえって目立つくらいだ。しかし、真に注目するべきは女性ランナーのようである。
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2012~2019年の長距離走タイムを比較すると2017年以降から急激に短縮
ヴェイパーフライ4%のような新しい厚底タイプのシューズが、ランナーたちのパフォーマンスを高めているのかどうか。しばしば議論の的になってきたことだが、この論文著者たちは世界トップレベルの競技ランナーに関して、タイムの大幅短縮は高性能シューズが大きな原因になっていると結論づけている。
世界陸連(モナコ本部)の健康及び科学部門でディレクターを務めるステファン・バーモン博士らが中心となったこの研究では、2012年から2019年までの間に行われた10km、ハーフマラソン、そしてフルマラソンのレースにおいて、エリート競技ランナーたちのシーズンごとのベストタイムがどのように推移したかを調査。世界陸連公認のレースで年間ベスト20とベスト100の個人記録が対象となり、ドーピング違反とされた記録は除外された。すると、ヴェイパーフライ4%の販売が始まった2017年を境にして、どの距離のレースもタイムが大幅に短縮されていることが分かったという。
このこと自体は、それほど驚くべきことではないだろう。しかし、予期せぬ発見として明らかになったのは、そのベストタイムの短縮幅に男女間で大きな差があったことである。2016年から2019年までの期間、女性ランナーのベストタイムが1.7%~2.3%短縮されたのに対し、男性ランナーのそれは0.6%~1.5%だった。例えば、女子のマラソン記録は2分10秒短縮されており、これは1.7%の短縮率にあたる。
これは、あくまでも比較に過ぎない。しかし、血液ドーピングによるパフォーマンス向上率を3%だとした研究(*2)もあり、ヴェイパーフライ4%効果と見られるタイム短縮率は決して小さなものではない。
ヴェイパーフライ4%効果が女性ランナーにより大きい訳とは
論文著者たちはこの男女差が発生した理由について、いくつかの他論文を引用し、男女の体格差が原因だとする仮説を展開している。女性は男性より一般的に体重が軽いため、あるいは足のサイズが小さいため、軽量化された厚底シューズから生まれる反発力の恩恵をより受けやすいと考えられるとのことだ。しかし、体格差とタイム向上率の因果関係が証明されているわけではない。
その仮説が正しければ、同じヴェイパーフライ4%を履いた男性でも、小柄なランナーの方が大柄のランナーよりタイムを短縮しても不思議ではないだろう。しかし、そのような観点(体重別、あるいは足のサイズ別)からタイム短縮率の比較などはされていない。現時点では、ヴェイパーフライ4%効果の男女差はミステリーに留まっていると言ってよい。
また、この研究はあくまでも、世界でトップレベルにある競技ランナーのシーズンごとのベストタイムが比較対象である。そのため「自分もヴェイパーフライ4%を購入すれば自己タイムを更新できるだろうか」という、市民ランナーの興味に答えるものではない。これらシューズの使用に関しては、故障が発生しやすくなるかどうかという安全面を懸念する声は少なくない。今後さらにより長いスパンで、より多くのサンプルを対象にした新たな研究が必要になるだろう。
[筆者プロフィール]
角谷剛(かくたに・ごう)
アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。
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