「完走した者皆が勝者である」

これは、トライアスリートたちに脈々と受け継がれている“トライアスロン精神”のようなものです。トライアスロンはもともと水泳3.8km、自転車180km、ランニング42.195kmで行われる『Ironman』というカテゴリーがオリジナルとされています。皆さんがトライアスロンと聞いて、真っ先に思い浮かべるのもこのフォーマットではないでしょうか。

数字を見ただけで、どれだけ過酷なスポーツであるかは想像できるかと思います。このとんでもない距離に挑戦し、そしてフィニッシュラインまで帰ってきた選手は、早い遅いに関係なく皆等しく勝者である。そういう考え方が、トライアスロンというスポーツの根底にはあります。これは他のスポーツにはあまり見られない、独特な精神ではないでしょうか。

私は18年にわたりトライアスロンという競技に触れてきた中、「完走した者皆が勝者である」という一言に、トライアスロンに大切なことがすべて詰まっているのだと考えるようになりました。では、そのために何が大切なのか。今回は、このことについて私なりの考えをお伝えします。

目次

競技に向けた準備

トライアスロンは、やりきるだけでも過酷なスポーツです。ましてアイアンマントライアスロンとなれば、ほぼ丸一日かけて走り続けることになります。たとえ距離の短いトライアスロンでも、3つの種目を一気に行うという点で、他の競技より過酷なことは想像に容易いでしょう。

では、何がそんなにも過酷なのか?私は競技その日のみでなく、準備の段階から含めて極めて過酷な競技だと考えています。当日のペース配分やエネルギー補給のタイミング、水泳・自転車・ランニングそれぞれで使う機材の選択や用意、コースの確認、それらを網羅しての練習など。「当日何が起きるか?」「どうやって走りたいか?」を予測し、それに対応した準備を積み重ねること。これが、トライアスロンにおいてまず大切なことです。

時間の使い方

3種目で一気に競うトライアスロンは、当然ながら練習も水泳と自転車、ランニングの3種目それぞれで行います。つまり、単純に計算しても通常の競技と比べて、練習時間が3倍かかるのです。そのため、時間のやりくりも非常に大変になります。苦手種目を重点的にするべきか、それとも得意種目を重視するのか。また、週にどれだけの時間を確保できるのか、仕事や生活の時間とのやりくりなど。レース当日から逆算して、どの時期にどのような練習をするかという計算も必要です。

自分自身のことに少し触れると、私は現在プロという立場で、生活のすべてを競技に向けられる環境を頂いています。そうなってくると、出てくるのが「一日にどれだけ練習するか?」という問題です。丸一日ずっと練習で動き続けることも可能ですが、そうなると疲労などの関係で練習を継続できなくなってしまいます。とはいえ、逆に減らし過ぎては意味がありません。一週間のうちにやりたい練習があって、それらをすべて詰め込むだけでは、体が疲れるだけで力にならないのです。

ですから、練習と休息のバランスを取りながら、レースの日から逆算して「今何をするべきか」を計算しています。プロとして膨大な時間を競技に充てられるようになったが故の悩み…少し贅沢な悩みですね。自分に与えられた時間を、どのように使うのか。このやりくりも、トライアスロンという競技において大切なことだと考えています。

アクシデントへの対応

トライアスロンの競技中は、色々なことが起こります。自転車ならパンクなど不慮の機材トラブル。また、熱中症やエネルギー切れ、足攣りなどの体調的なトラブルもあります。ペース配分などの戦術的なことや、天気や風といった気候的なトラブルも少なくありません。

トライアスロンには、「レースがスタートしたら対処はすべて自分で行う」というルールがあります。つまり、周りの人の助けを借りることはできません(エイドステーション/給水所は除く)。先に取り上げた準備にも通じるものがありますが、それらのアクシデントを「起きる」と仮定して準備することが大切です。個人的にはこのアクシデントを「起きるもの」として構えていられるか、それとも「起きるかもしれない」と考えているかで、大きな差があると考えています。

恐らく皆さんが想像する以上に、レース当日はさまざまな不慮の事態が起きます。何のアクシデントもなくレースを終えられることは、まず無いと考えて良いかもしれません。そういうアクシデントに、その場でどう対応できるのか。心乱されず復旧作業に当たることができるかという力も、トライアスロンには大切でしょう。

完走者全員が讃えられる

これら3つの要素を網羅し、初めて「完走」できる。つまり、それだけ試行錯誤を繰り返し、さまざまな準備を整えてきた人が完走するのだから、勝者でないはずがないということです。

アイアンマントライアスロンは、完走者に対して“アイアンマン”という称号が与えられ、讃えられます。アイアンマンカテゴリーでなくても、トライアスロンは完走者の全員が讃えられるスポーツです。それは、その裏にある膨大な努力の積み重ねも含めて、「完走」という結果に結びついていることを讃えているということだと私は思っています。

「完走した者皆が勝者である」という言葉。これは、自分との戦いであるトライアスロンという競技を表した良い言葉ではないでしょうか。

By 古山 大 (ふるやま たいし)

1995年4月28日生まれ、東京都出身。流通経済大学を卒業後は実業団チームに所属。2020年1月に独立し、プロトライアスロン選手として活動。株式会社セクダム所属。 <主な戦績> 2015年「日本学生トライアスロン選手権」優勝 2017年「日本U23トライアスロン選手権」優勝 2018年「アジアU23トライアスロン選手権」2位 2019年「茨城国体」3位、「日本選手権」11位 2021年「日本トライアスロン選手権」4位

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