ヒトや動物の腸内には、何百・何千種類ともいわれるほど多種多様な細菌が生息し、その総体を腸内フローラと呼ぶ。腸内フローラの構成が人々の健康状態に大きな影響を及ぼすことはよく知られており、アスリートのパフォーマンスとの関連についてもいくつかの研究がなされている。その中でも最新のもののひとつが、英国にあるアングリア・ラスキン大学の研究者らが2022年7月に発表した論文(*1)だ。この論文によれば、腸内環境を安定化させることが、長距離ランナーのパフォーマンスを向上させることに繋がることを発見したのだという。さらに、そこでは食事が重要な役割を担うことも分かった。

*1. Gut Microbial Stability is Associated with Greater Endurance Performance in Athletes Undertaking Dietary Periodization.

目次

動物実験で証明された腸内細菌と耐久力の関係

優れたアスリートの腸内フローラは、一般人と比べて明らかに異なる特徴がある。このことは、以前から既にいくつかの研究で指摘されていた。例えば、ある研究(*2)ではボストン・マラソンを完走した直後のエリートランナーの腸内に、「ベイロネラ属」と呼ばれる種類の細菌数が急増していたことに着眼。「ベイロネラ属」の細菌は、運動によって筋肉内に生成される乳酸の代謝を促す作用がある。そして、動物実験でそれらの細菌をマウスに人工的に投与すると、マウスが疲労困憊になるまでトレッドミルを走り続ける耐久力が13%向上したということだ。

*2. Meta-omics analysis of elite athletes identifies a performance-enhancing microbe that functions via lactate metabolism.

この研究では、ある種の運動が腸内フローラの構成を変化させることを証明した。さらに、その変化が運動パフォーマンスに影響を及ぼすことも、動物実験レベルで明らかになった。そこからさらに一歩踏み込んで、アスリートの腸内フローラと運動パフォーマンスの関連について調べたのが、冒頭で紹介したアングリア・ラスキン大学の研究である。

ランナーの腸内フローラを安定させる食事とは

この研究の対象になったのは、競技レベルの高い長距離ランナーたちである。被験者たちは一定期間、高たんぱく質の食生活か、あるいは高炭水化物の食生活を送るグループに分けられた。その目的は、腸内環境の違いが運動パフォーマンスに及ぼす影響を調べるためである。実験は3週間にわたり、1週間ごとに10㎞走のタイムトライアルと大便の検査が行われた。

研究者らは、高たんぱく質グループの腸内環境が不安定になることを発見した。これは、細菌の多様性が大幅に低下していたということだ。そして、タイムトライアルのパフォーマンスは23.3%悪化。反対に、高炭水化物グループのタイムトライアル結果は6.5%向上した。

この研究から分かるのは、高たんぱく質の食生活は腸内フローラのバランスを崩しやすいということ。そして一方、穀物や野菜を多く含む高炭水化物の食生活は、腸内フローラの安定性を高めることである。

研究者たちによると、たんぱく質そのものが長距離ランナーのパフォーマンスに直接の悪影響を与えるのではなく、それは腸内フローラの不安定化によってもたらされるのだということだ。そのため、研究者らは論文の結論で、アスリートが食生活の内容を急激に変更することへ警鐘を発している。そうすることで、腸内フローラの構成が影響を受け、その結果として運動パフォーマンスが低下してしまう可能性があるからだ。

今どき、試合に「かつ」ためにかつ丼を食べるアスリートは少ないだろう。しかし、短期間の食事によって効果を出そうとする「勝負メシ」という考え方自体には、問題が潜んでいるかもしれない。普段からバランスの取れた食生活を送り、試合前になってもその生活習慣を極力崩さないことが、結局的に最良のパフォーマンスを引き出すための近道ではないだろうか。

ところで、腸内細菌の多様性やバランスが大切だといわれても、アスリートが自身の腸内環境はどのような状態にあるかを自覚することは難しい。体重や体脂肪率などと違って、医学的な診断を受けない限りは、はっきりと数字で見えるものではないからだ。そのため、個々のアスリートの感覚に頼ることになりがちだが、もっとも簡単な方法は、やはり日々の「排便チェック」のようである。

By 角谷 剛 (かくたに ごう)

アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。

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