膝から下をぴっちりと覆う靴下「コンプレッション・ソックス」は、ランナーたちの間で根強い人気がある。ふくらはぎなど、脚の下の部分を圧迫することによって血流が促進。その結果として筋肉痛が軽減され、疲労回復期間が短くなるというのが、コンプレッション・ソックスを供給するメーカー側の理屈だ。特に長距離を走るランナーには痙攣など、レース後半に襲ってくることの多いアクシデントを防止する効果も期待されている。その一方、本当にランナーのパフォーマンス向上や故障リスクの軽減は期待できるのか、そういった疑問について調べた研究は少なくない。本記事で、関連する研究結果をいくつかご紹介しよう。
目次
コンプレッション・ソックスの効果を否定した研究
1.ウルトラマラソン完走者を対象にした研究(2019年4月)
ある56km のウルトラマラソンを完走したランナーたちを、コンプレッション・ソックスを着用したグループ(男性14人、女性6人)と着用しなかったグループ(男性15人、女性6人)に分け、筋肉へのダメージとパフォーマンスとの関連について調べた。すると、両グループの間に有意な違いは確認されなかったという。論文著者らは、コンプレッション・ソックスが筋肉へのダメージを減らす、あるいはランニング・パフォーマンスを高めるとする科学的根拠はないと、結論で述べている。
2.フルマラソン完走者を対象にした研究(2019年7月)
The Influence of Compression Socks During a Marathon on Exercise-Associated Muscle Damage.
2013年のハートフォード・マラソン(米国コネクティカット州)を走ったランナーたちを、医学的側面から研究した。コンプレッション・ソックスを着用した10人と、着用しなかった10人をランダムに選定。血液サンプルをレース24時間前、ゴール直後、そして24時間後の3回に渡って採集し、血中のクレアチンキナーゼ濃度の変化を比較解析した。すると、両グループの間には有意な違いは認められなかった。
クレアチンキナーゼは筋肉や脳に存在し、ATPを産生する役割を持つ酵素だ。身体が疲労するか何らかの異常があると、クレアチンキナーゼ濃度は上昇する。論文著者らは、コンプレッション・ソックスを着用しても、レース中及び24時間後の筋肉へのダメージを軽減する効果はないと結論で述べている。
3.トレッドミルによる実験(2022年11月)
スウェーデン・ヨーテボリ大学の医学研究者らが発表したこの研究では、トレッドミルを用いてランナーたちの筋肉内酸素量を解析した。被験者は、ランニング経験が豊富な成人男女20名である。彼らは実験室内のトレッドミルで10キロ走を2回行い、1回はコンプレッション・ソックスを着用し、もう1回は着用しなかった(順番はランダムに指定された)。
研究者らはカテーテルを用いて、ランナーたちの太股前面にある筋肉内圧を、そして皮膚に取り付けたセンサーを用いて筋肉の酸素化を記録した。すると、コンプレッション・ソックスを着用すると筋肉内圧が増加し、また、筋肉内を流れる酸素量が約11%減っていたことが分かったという。研究者らは、さらにランニング前後の血液サンプルを採集。筋肉のダメージを示すミオグロビンとクレアチンキナーゼの変化は、コンプレッション・ソックス着用の有無に影響を受けていなかった。
以上のことから、コンプレッション・ソックスにはランナーのパフォーマンスを上げる効果はないと、論文著者らは結論で述べている。ただし、この研究ではコンプレッション・ソックスに、ある種の医療的効果があることは認めている。血流を促進することで、コンパートメント症候群の痛みが軽減することがあるそうだ。
今回ご紹介したすべての研究では、コンプレッション・ソックスにランナーのパフォーマンスを上げる効果はないと述べている。しかし、逆にパフォーマンスを下げることを証明しているわけでもない。特に問題を感じないのであれば、手持ちのコンプレッション・ソックスを慌てて処分する必要まではないようだ。
アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。