強い風の日にレースを走ったことがあるランナーなら、いくらペースを上げようとしても向かい風に押し戻されるような無力感を覚えているだろう。こうした向かい風の抵抗を極力少なくするために他ランナーの背後に回る「風除け」作戦が、エリートランナーだけではなく市民ランナーにとっても有効だとした研究を以前にご紹介した。詳しくは、以下をご参照いただきたい。
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これについて、筆者が誤解していたことがある。ランナーは向かい風で抵抗を受けるとしても、逆に追い風では背中を押してもらえるのだから、直線コースを往復するようなレースでは風の影響は互いに相殺するのではと考えていた。ところが、どうやらそうではないらしい。
ランナーが向かい風で失うものは追い風で得るものより大きい
生理学の学術誌「the Journal of Physiology」に発表された研究(*1)では、競技者レベルの中距離ランナーを対象にして、異なるペースでのランニング・パフォーマンスが風によって受ける影響について調べた。
研究者たちは、ランナーの体内で消費される酸素量に着目した。すると、あるランナーが同じペースで走っても、風力が高まるにつれてその量が加速度的に増えることが明らかになった。研究によると、時速15キロの向かい風がランナーに与える影響は、時速8キロの約4倍大きいとのことだ。向かい風の抵抗は、ペースが速ければ速いほど大きくなる。それを避けるためにランナーの背後へ回る「風除け」は非常に有効な作戦で、酸素消費量が80%減ることもあるそうだ。
それでは、追い風の場合はどうなるのか。これについては、確かにパフォーマンスを助ける効果はあるらしい。しかし、ランナーが追い風から得られるプラス効果は、向かい風で被るマイナス効果の半分くらいにしかならないと論文著者らは述べている。
例えば、時速10キロの向かい風で、1キロあたりのペースが10秒遅くなったとしよう。コースを折り返して追い風になったとしても、同じパワーで走っていると、短縮できるペースは5秒にしかならないということだ。
もちろん実際のレースでは、風向きも風速も常に一定であるようなことはあり得ない。長距離を走るレースはなおさらだし、遅いランナーほど走っている時間は長くなる。同じ日に同じコースを走っても、風の影響はそれぞれのランナーによって異なる。運が良ければ追い風を受ける時間が長くなるかもしれないし、あるいはそのときだけ風力が高まることもあるだろう。運が悪ければ、それとは逆のことが起きる。いずれにしても、風がランナー自身でコントロールできるものではない以上、運不運は天に任せるしかない。
筆者は昨年12月に沖縄で100キロのウルトラマラソンレースを走ったとき、自分の不運を呪った。スタートしてから折り返し地点までずっと強い向かい風に悩まされ、後半になると背中を押してくれるはずの追い風が弱まったと感じられたのだ。気のせいかもしれないし、本当にそうだったのかもしれない。もしそうであったとしたら、ただでさえ少ない追い風の恩恵がさらに少なくなっていたということになる。今となれば追及しても仕方のないことではあるが、少なくともタイムが遅かった言い訳にはなる。
もっとも、レースではなく練習となれば話が少し異なってくる。風が強い日に走るとき、その影響を考慮して走るペースや距離を調整することは、けっして無意味ではないようだ。
アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。