世代を超えて、多くの人々に愛される特撮テレビドラマシリーズ。私は子どもの頃、仮面ライダーシリーズやスーパー戦隊シリーズが大好きでした。ヒーローが変身するシーンが特に好きで、さまざまなヒーローの変身ポーズを覚えては、その真似をしていたものです。
そんな子ども時代の私ですが、ヒーローの変身シーンが好き過ぎるが故に、その変身シーンに対して、子どもながらにモヤモヤしていたことがあります。それは、「なぜ、ヒーローが変身している最中に、敵役たちは攻撃しないのか」ということ。皆さんの中にも、モヤモヤしたという方がいらっしゃるのではないでしょうか。大人になってみれば、ヒーローが変身している最中に敵が攻撃するのは、野暮だと察することができますけどね。
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武士にとって大切なもの
話は少し変わります。皆さんは、このようなセリフを耳にしたことがありますか。
「やあやあ、遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ!我こそは◯◯の住人、△△なり。腕に覚えのある者よ、手合わせを願う、いざ尋常に勝負!」
昔の戦において、武士はこのようなセリフを大声で叫び、自分の名前や家柄などを敵や味方に告げていたそうです。そして、当時の武士は、名乗っている最中の相手には攻撃をしないというのが作法だったと言われています。目の前に相手がいるのに攻撃せず、相手が叫んでいるセリフを最後まで聞いていたのですね。でも、戦としては、ちょっと不合理だと思いませんか?戦さで勝つことにこだわるなら、相手が名乗りをあげている最中に攻撃してしまえば良いものを。なぜ当時の武士は、このような不合理な作法を戦さの場に用いたのでしょう。武士には、勝つこと以上に大切なものがあったのかもしれませんね。
武士にとって、勝つこと以上に大切なこと。それは、きっと「強さ」だけでなく、「品格」も併せ持つことだったのではないでしょうか。「品格」とは、その人に備わった気高さや上品さのこと。つまりは人間性です。当時の武士は、相手の名乗り口上を最後まで聞き、続いて自分も名乗りをあげることで、正々堂々と勝負するという品格を示したのだと思います。相手が名乗りを上げている最中に攻撃したとあれば、たとえ相手を倒しても、正々堂々と勝ったわけではありません。それでは、品格という点で説得力が弱まってしまいます。当時の武士が強さと品格を併せ持つことを求めていたとすれば、不合理と思える作法にも納得ができるでしょう。
剣道もまた、ただ勝てば良いわけではない
前置きが長くなりましたが、ここからは現代の剣道についてです。現代の剣道では、勝負の前に自ら大声で名乗ることはありません。しかし、当時の武士の精神は、現代の剣道家にも脈々と引き継がれているように思います。その理由は、現代の剣道家も「強さ」と「品格」を求めるからです。
強さと品格を併せ持つことを求めていますから、剣道家は稽古で腕を磨くだけでなく、立居振る舞い全般にわたって気を配ります。剣道着や袴の着方、防具の着け方、勝負の前後における所作や立ち姿など。どれをとっても重要です。
また、剣道家は、勝負中のプレースタイルにもこだわります。手段を選ばず勝てば良し、ではないのです。結果だけでなく内容も重視すると言い換えると、イメージしやすいかもしれません。
剣道では模範的なプレースタイルのことを、「真っ直ぐな剣道」や「きれいな剣道」と称すことがあります。「彼の剣道は真っ直ぐな剣道だ」とか「〇〇選手はきれいな剣道で定評がある」などの使い方です。剣道家は、この「真っ直ぐな剣道」や「きれいな剣道」を実践しようと心掛け、その上で相手との勝負に勝とうとします。とは言っても勝負ですから、人によっては勝つことに貪欲な時期もあります。特に経験が若いうちは、自分の強さを誇示したい思いが先行し、相手を打ち負かすことばかりに気持ちが向くでしょう。実際に、私がそうでした。
ですが、それは剣道における成長の通過点であって、目的地ではないと理解する日がきます。相手を打ち負かすことに躍起になっていた剣道家も、剣道の経験を重ねていく中で、やがて品格も求めるように変わっていきます。「武士は強さと品格の両方を求めていたのでは」と前置きしましたが、現代の剣道家も当時の武士と似ているように思えないでしょうか。
勝負一点に集中すれば良いものを、剣道も戦場での武士の作法と同様、不合理ですね。「なんだか、剣道って面倒臭いな」なんて感じる方もいらっしゃるかもしれません。相手に勝つこと一点に集中し、剣道を勝負だけに特化した合理的な競技に変えれば良いのに、という意見もあるでしょう。しかし、私はこの不合理なところも、剣道の魅力の一つなのだと信じています。
不合理だからこその魅力
コラムの冒頭で、特撮テレビドラマに感じたモヤモヤに触れました。このモヤモヤは、ドラマに登場する敵役たちの、不合理な行動が原因だったと言えるでしょう。ですが、ヒーローが変身している最中に、敵役たちが合理的に攻撃を始めてしまっては、私が大好きな変身シーンがカットされてしまいます。変身シーンの魅力は、敵役たちの不合理な行動から生まれていると言えるかもしれませんね。
武士が求めた強さと品格は、戦さの場においては不合理とも思える作法に繋がっていました。しかし、その不合理な作法を重んじるからこそ、武士に魅力を感じる人も多いはずです。剣道も同様、他の競技と比較すれば不合理な点が多々あります。それでも私は、剣道は不合理なままであってほしいと思うのです。
剣道LABO®︎代表・剣道ファシリテーター。自身の剣道経験と映像編集技術を駆使し、社会人剣道家の上達をマンツーマンでサポートしている。東京・神奈川・千葉・埼玉にクライアント多数。全日本剣道連盟 錬士七段。1976年生まれ。