ランナーは、よく「膝に悪いから走り過ぎに気をつけろ」という警告を受ける。走るときは、体重の4~5倍もの負荷が腰や膝にかかるからという話もよく見聞きするだろう。ところが、最近アメリカの整形外科医たちが集まる学術会議(AAOS – American Academy of Orthopaedic Surgeons)の年次会議で発表された研究(*1) によると、より長く、より速く、より頻繁に走るランナーほど、股関節や膝の変形性関節症を発症する可能性が低くなることが分かった。

*1. AAOS の年次会議ニュースレター:New Study Demonstrates that Running Does Not Increase Risk of Arthritis.

変形性関節症とは、加齢や関節の使い過ぎによって、骨のクッションである軟骨がすり減ることにより起きる関節炎のひとつである。激しい痛みや動作障害を引き起こすことがあり、効果的な治療法は現在ない。

目次

市民ランナーを対象にした大規模調査

カリフォルニア大学サンフランシスコ校の整形外科医マシュー・ハートウェル氏を中心とした研究チームは、2019年と2020年にシカゴ・マラソンを完走した3,804人のランナーを対象にした大規模な聞き取り調査を行った。質問にはランニング歴や平均ペース、そして本人や家族に関節炎を患ったことがあるかどうかまでもが含まれた。アンケートに協力したランナーの平均年齢は43-44歳、平均週間走行距離は約45キロ、平均ペースは1キロ約5分30秒(フルマラソンなら3時間50分から4時間程度でゴールする)。ランニング歴は15年前後がもっとも多く、初めてフルマラソンを完走したランナーから、何10回も経験しているランナーまでさまざまだった。このように幅広く、そして数多くのサンプルが得られたことで、研究チームはランナーたちのペースや強度、そしてランニング歴について、関節炎を発症するリスクとの関連性を分析することが可能になった。

驚くべきことに、ランナーが膝や腰に関節炎を起こすリスクはランニング歴の長さや走力レベル、そしてトレーニング量とはまったく無関係だという結果になった。ランナーが関節炎と無縁だというわけではない。だが、その発症リスクは走る習慣を持たない一般人と変わらないレベルだというのだ。

具体的な数字を挙げると、アンケートに参加したランナーのうち7.3%が、これまでに腰か膝の変形性関節症と診断されたことがあると回答した。しかし、ハートウェル氏によれば、一般人でも44歳以上になれば、およそ7%が同じ症状に悩まされているのだそうだ。変形性関節症の発症リスクを左右する主な要因は、過去の故障歴及び手術歴、年齢、家族の既往歴、そしてBMI(体重と身長の指標)だということ。その人が走るかどうかは影響しない。つまり、走っても走らなくても変形性関節症を起こす人はいるし、起こさない人もいる。少なくとも、走ることが膝を故障するリスクを高めるという、今までの共通認識は誤っていたということになる。

サンプル数はこれより少ないが(82人)、ロンドン・マラソンのランナーたちを対象にした同種の研究(*2)でも、ランニングは膝に悪いどころか、かえって膝の関節を健康にする効果があったと報告している。

*2. Can marathon running improve knee damage of middle-aged adults? A prospective cohort study.

医療関係者への適切な教育が必要

興味深いことに、回答者の24.2%がこれまでに医師からランニングを止めるか、あるいはその量を減らすことをアドバイスされた経験があった。それにもかかわらず、圧倒的多数(94.2%)がこれからもフルマラソンを走るつもりだとも答えている。市民ランナーとは、かくも頑固なメンタリティーを有する人種なのだ。医師に相談することはあっても、必ずしもそのアドバイスに従うとは限らない。

「私たちは、この発見が医療関係者への教育に役立つことを願っています。彼・彼女らが容易な判断でランニングを諦めたり、減らしたりすることを患者にアドバイスしなくなるように。なぜなら、この研究結果で分かるように、ランナーたちはたとえそのようにアドバイスされたところで、結局は走り続けるだろうからです。」と、研究に参加したヴェニア・K・ジョング博士は述べている。

走ることは、膝の健康を高めはしないかもしれない。しかし、心臓疾患や肥満を防ぐ効果があることはほぼ間違いないだろう。また、ストレス解消に役立つという心理的効果も見逃すことはできない。誤った認識や偏見によって、走ることを止められる人がこれ以上増えないことを願うばかりだ。

By 角谷 剛 (かくたに ごう)

アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。

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