長距離ランナーやサイクリストなど耐久系アスリートの多くは、エクササイズ中にひとり言を呟く。実際に声を出すか、あるいは脳内で唱えるかは人それぞれだろう。そうした自分自身へ語りかける行為は「セルフトーク」と呼ばれ、アスリートのモチベーションを上げるか、あるいは維持するために有効だと広く信じられている。英国ウェールズにあるバンガー大学の研究グループが、耐久系アスリートのセルフトークについてさらに興味深い研究(*1)を発表している。
*1. To me, to you: How you say things matters for endurance performance.
サイクリストたちがセルフトークに1人称(“I”)を使うか、あるいは2人称(“You”)を使うかで、実際のパフォーマンスに違いが出るかを検証したものだ。
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「頑張るぞ!」と「頑張れ!」でパフォーマンスが変わる
研究では、16人のサイクリストに10㎞のタイムトライアルを3回行ってもらった。1回目は研究者からの指示は何もなく、被験者たちがもともと持っていたパフォーマンスを測定することが目的だ。続く2回目と3回目のタイムトライアルの前に、被験者たちはセルフトークについて講習を受講し、モチベーションを上げるためのフレーズをいくつか用意。それぞれのフレーズには2つのバージョンが作られた。ひとつは1称(“I”)、もうひとつは2人称(“You”)で始まるものだ。
日本語では主語が省略されることが多い。そのため、英語ほど明確に1人称と2人称を区別できないこともある。あえて意訳を試みるならば、1人称バージョンは「(私は)頑張るぞ!」と宣言することであり、2人称バージョンは「(君は)頑張れ!」と自分を励ますこと。あるいは、「俺にはできる」と自分に言い聞かせるのが1人称バージョン、「君ならできる」と誰かが言ってくれることを想像するのが2人称バージョンだ。
さて、研究では被験者たちは残り2回のタイムトライアルを、セルフトークのバージョンをランダムな順番で変えて行った。その結果は非常に興味深いものだった。どちらのバージョンでも、セルフトークには被験者のモチベーションを上げる効果があったのだ。そして、2人称バージョンのセルフトークを使ったときの平均タイムは、1人称バージョンのときと比較して2.2% (23秒)速くなったという。さらに重要なことに、疲労感はどちらのバージョンでも差が生じなかった。つまり、2人称のセルフトークは身体的なパフォーマンスをより大きく向上させるにもかかわらず、心理的なダメージは1人称のそれと同じ程度で済むということのようである。
イチロー氏の伝説のセルフトークは3人称?
研究者らは2人称のセルフトークがより効果的な理由として、自己を状況から切り離して客観的に把握できるからではないかと述べている。ある状況を、自分ではなく他人に起きていることのように捉えることで心身の緊張がほぐれる。すると、結果としてパフォーマンスが上がるというように説明できるのではないだろうか。
これに関して筆者が思い出すのは、もはや伝説となった第2回ワールド・クラシック・ベースボール決勝戦における、イチロー氏の打席である。同点で迎えた延長10回表、2アウト、ランナー1・3塁。この極限とも言えるプレッシャーのかかる場面で打席に入ったイチロー氏だったが、「さあ、この場面イチロー選手が打席に入りました」と実況中継を頭の中で呟いていたと後に語っている。「俺」でも「君」でもない、「イチロー選手」という第3者の姿を頭にイメージするセルフトークだったわけだが、その結果は劇的なタイムリーヒットとなったことは周知の通りである。
イチロー氏のこのエピソードを聞いて以来、筆者も3人称のセルフトークを試すことが多くなった。ランニングで疲れてきたときなどに、「さあ角谷選手、苦しい場面ですが、ややペースを上げました」などと心の中で呟くのだ。恥ずかしながら、周りに人がいないときは実際に声に出すこともある。筆者の場合、こうした3人称のセルフトークが好結果につながっているかどうかについては確信が持てないが、少なくとも悪影響は恐らくない。スポーツシーンにおいて苦しい場面に直面した際には、2人称あるいは3人称でのセルフトークを試してみてはいかがだろうか。
アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。