ボディビルダーなど筋力増強に熱心な人たちの間で注目されているサプリメントに、HMBと呼ばれるものがある。1990年代にアイオワ州立大学のスティーブン・L・ニッセン博士によって筋肉への効果が発見され、2000年代になってからアスリートの間で使われ始めた。プロテイン・パウダーやクレアチンなどに比べると、新しい種類のサプリメントである。正式名称は英語では“β-hydroxy β-methylbutyrate”、日本語では「β‐ヒドロキシ‐β‐メチル酪酸」だ。聞き慣れない単語が並んでいるため、ここでは一般に使われている略語のHMBに呼称を統一する。
HMBは筋肉合成を促成し、また筋肉の分解を抑制する効果があるとされている。必須アミノ酸の一つである「ロイシン」は体内で合成する代謝産物であり、本来なら自然につくられる物質だ。そして、ロイシンは肉、魚、乳製品に含まれる。つまり、食べ物から摂取できる栄養素である。
筋肉の合成促進及び分解抑制の効果を得るために必要なHMBの量は、わずか1日に3gとされている。しかし、ロイシンのうちHMBに転換するのはほんの一部に過ぎない。そのため、そのたった3gのHMBを生成するためには大量の食べ物が必要だし、正確な摂取量を把握することも困難である。HMB をサプリメントで摂取することが効率的であるのはそのためだ。
HMBは処方箋が必要な医薬品ではなく、ましてやステロイドなどのような禁止薬物でもない。米国内では、スポーツやフィットネス関連の店舗で広く一般に販売されている。摂取しただけで筋肥大効果があるわけでもなく、あくまでも筋力トレーニングの効果を促進させる目的で使用されるサプリメントだ。一般的には安全だと認識されており、長期的に使用しても健康上の副作用が発生した例は報告されていない。
HMBがアルツハイマー病を予防する可能性
このHMBに、筋肉とは異なる分野で意外な副次的効果があるかもしれないというニュースが一部で注目されている。米国イリノイ州シカゴの私立大学であるRUSH医学大学の研究者たちが、HMBにはアルツハイマー病の予防と病状進行を抑制する効果があるとする研究(*1)を2023年7月に医学ウェブサイト『Cell Reports』に発表したのだ。
まだマウスを使った動物実験の段階だが、このサプリメントには脳の認知能力を向上させ、さらにアルツハイマー病の特徴であるアミロイド斑の蓄積を減少させる効果があることを発見したという。人体にも同様の効果があるかどうかは、今後の研究課題である。
論文著者らは、HMBを摂取することが「アルツハイマー病患者の病状進行を防ぎ、記憶力を保護するために、もっとも安全で容易なアプローチのひとつ」になり得るかもしれないと以下ニュースリリースで述べている。目的は異なるにしても、HMBがサプリメントとして広く使用されてきた背景は、少なくとも安全性への根拠にはなるだろう。
参照:EurekAlert!|Bodybuilding supplement may help stave off Alzheimer’s
アルツハイマー病は、認知症のもっとも大きな原因だとされている。そして現在においては、未だに有効な治療法が確立されていない。まだマイナーな筋肉合成促進サプリメントであるHMBが、世界中に約5,000万人いると言われるアルツハイマー病患者に望外の朗報をもたらすことになるだろうか。
HMBを摂取しなくても、そもそも運動をすること自体がアルツハイマー病の予防に効果があることは、さまざまな研究で明らかになっている。下の一例は、英国アルツハイマー病学会ウェブサイトが掲載した記事(*2)だ。
*2. Physical exercise and dementia.
誰もがボディビルダーになる必要はないが、筋肉をつけようとする努力には別の恩恵があるのかもしれない。
アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。