フットサルの松木里緒選手はサッカーをプレーしていた頃、上を目指すという気持ちはなかった。大学時代は女子サッカー部の主務と選手を兼任。そこで、たくさんの人たちに支えられて、試合が成り立っていることを知ったという。卒業後は一般企業への就職を決め、新たに始めたフットサル。すぐにのめり込むと、2023年にはその実力が認められ、フットサル女子日本代表候補に選出された。

サッカーとフットサルの違いに最初は苦労したが、自分なりにもがき、学びながら日々取り組んでいった。そして、今は「世界で戦える選手になりたい」という、サッカーをプレーしていたときにはなかった高い目標がある。

これまでのフットボール人生は上手くいかない時期もあったが、大学での主務を含めたこれまでの経験が今に生きている。フットサルへの転向した経緯や現在の目標、そして日本代表への思いについて、お話を伺った。

目次

サッカーを始めたきっかけ

兄弟の影響でサッカーを始める子は多い。現役女子フットサル選手として活躍している松木選手も、サッカーを始めたきっかけは兄の存在だった。

「サッカーを始めたのは小学校1年生の頃。4つ上の兄がずっとサッカーをやっていたので、いつも母と一緒に試合の応援に行っていました。そんな中、母から『里緒もやってみたら?』と声をかけてもらい、男の子のチームに入ったのがきっかけです。男子ばかりのサッカーチームで、当時は女の子が自分しかいませんでしたが、特に気にすることはなかったですね。基本的にアクティブな性格で、放課後も男の子と一緒に遊ぶことが多かったので、あまり抵抗はありませんでした。でも、小学校2年生のときに親の転勤で学校が変わり、そこのチームには女の子が一人いたので、それはそれで嬉しかったです。」

京都府の学校から千葉県へ転校になってからも、変わらずにサッカーを続けた。新しいチームに女の子がいたことで、その子と一緒に女子だけのチームにも所属し、掛け持ちでプレーしていた松木選手。中学校からは女子のクラブチームでプレーし、高校は女子サッカーの名門・常盤木学園に進学した。

「身長が低かったので、蹴って走るサッカーがあまり好きではなく、繋ぐサッカーの方がいいなと思っていました。中学2年生のときに高校サッカー選手権で常盤木学園の試合を見て、行ってみたいという気持ちになったんです。実際の練習に参加させてもらい、ここがいいと思って進学を即決しました。」

自ら望んで選んだ進路。しかし、女子サッカーの名門校でレギュラーを勝ち取り、試合に出場することは簡単ではなかった。なかなか試合に出ることができず、悔しい思いをしたという。

「結局、3年間で1回しか、Aチームのなでしこリーグの試合には出られませんでした。ずっとBチームでしたね。思うようにはいかない高校サッカー生活でしたが、周りにレベルの高い選手がいたことで自分を客観的に見ることができ、納得している部分もあります。自分なりにできることは精一杯取り組んでいたので、後悔はありません。」

同学年には、世代別日本代表に選ばれている選手が2人いた。また、先輩も後輩も上手な選手が多いので、それなりに自分の立ち位置もわかり、なかなか難しいとは思いながらも、諦めたくない気持ちがあった。「もっとできる」と思いながら、松木選手は3年間がむしゃらにやりきった。

主務と選手を兼任した大学サッカー部

高校時代は思い描いていたような結果を残すことは出来なかったが、大学でもサッカーを続けることを選択した松木選手。選んだ進学先は慶應義塾大学だった。

「慶應に進学していた先輩が何人かいて、その先輩から話を聞いて受験を決めました。将来の就職のことを考えたのと、大学もサッカーをやりたいと思っていたので、そこの2つを加味して選んだ大学です。大学では1年生からレギュラーに入り、試合に出場することができました。でも、4年生のときに、主務の仕事を引き受けることになったんです。男子の場合、主務をやるには選手を諦めなければいけません。でも、女子は選手との兼任が可能でした。毎年、年度の初めに主将や主務などの役職を決めるミーティングがあり、自分としても嫌な役割ではなかったですし、皆を支えるのは好きなので、やりますと立候補して引き受けました。」

主務の役割を担うということは、選手としての活動だけに専念することはできなくなる。自分のトレーニング以外にもやることがあり、負担は大きい。それでも、松木選手はチームのためにこの役割を引き受けた。

「大学生は時間もあるので、やろうかなと思いました。大変でしたけど、私は寮に住んでいたので、寮の場所がグラウンドの隣りなんです。ですから勝手が効きますし、4年生の頃はゼミがあるくらいで授業も忙しくなかったので、そんなにキツ過ぎるということはありませんでした。忙しかったり大変だったりすることはありましたが、忙しいのは嫌いではないので、苦ではなかったですね。」

大学時代はコンスタントに試合へ出場できていたが、卒業後に当時の女子トップリーグである『なでしこリーグ』に挑戦するつもりはなかったという。

「私の同期に、ずっと名門チームでプレーしていて、将来はなでしこリーガーになるんだろうなという子がいました。ですから、ある程度は物差しを計りやすかったというはあります。今でこそWEリーグがありますけど、当時はなかったですし、卒業後は普通に就職したいという気持ちの方が強かったですね。もちろん、仕事しながらなでしこリーグでプレーするという選択肢もあります。でも、サッカーを主軸に置く選択肢はありませんでした。色々な面で、難しいのではないかと思ったので。」

こうして松木選手は大学サッカー部を引退し、サッカーから離れることになった。

フットサルのとの出会い

大学サッカー部を12月に引退し、就職活動を経て一般企業への就職が決まった松木選手。引退後の2ヶ月間はボールを蹴ることなく過ごしていたが、徐々にボールを蹴りたいという気持ちが強くなってきた。

「引退後はバイトなどしていて、全然サッカーはやっていませんでした。そろそろボールが蹴りたくなったなと思ったとき、大学の後輩や高校の同期が当時所属していた『シュートアニージャ』(現・アニージャ湘南)というフットサルチームが、セミプロ選手を募集しているのをFacebookで見たんです。フットサルも面白そうだなと思い、所属している友達に連絡して練習に参加したのが3月のこと。そのときにGMの方からクラブの目指している姿についてお話を聞き、監督とも話して面白そうだなと思い、すぐに入団を決めました。」

これまでフットサルを本格的にプレーしたことはなかったが、サッカーをやっていた頃からミニサッカーや狭いコートで行うミニゲームが好きだった松木選手。そのため、フットサルにも興味があった。しかし、実際にプレーしてみると、サッカーとは別の競技であることに気づく。

「まず、迷子になりましたね。どこに動いて良いのか分からず動き過ぎて迷子になり、ずっとコートの真ん中にいて、身体の向きが悪いからボールをもらえませんでした。また、セットプレーの戦術が多いので、それを覚えるのが大変でしたね。その2つが、フットサルを始めて最初に直面した課題です。」

フットサルとサッカーは、似ているようで別の競技だ。もちろん共通する点もあるが、狭いコートで行うからこそ、フットサル特有の動き方や戦術がある。それでも、松木選手は直面した課題に対して、自分なりに向き合っていった。

「フットサルの試合を観るのが一番勉強になりました。あとは、毎日練習が終わってから帰りの電車で、ノートに気づいたことや大事なことを書いていました。分からないことがあれば、フットサル経験がある選手に積極的に聞くようにしていましたね。」

大学卒業後にサッカーからフットサルに転向したが、自身のことを「絶対にフットサルの方が向いている」と話す。長年サッカーに打ち込み、社会人になってからフットサルを始めた松木選手から見た、サッカーとフットサルの違いとは何なのだろうか。

「シンプルに、得点がたくさん入るから面白いと思います。連続性のあるプレーが多く、ダイナミックで、人と人との距離感が近いしスピード感があります。観ていてもプレーしていても躍動感がありますね。実のところ、私はフットサルに転向してから、サッカーの試合を1回も観ていません。それまでは、リヴァプールが好きだったので海外サッカーも観ていたのに、まったく観なくなりました。フットサルを観る方が楽しくて、どっぷりハマっています。」

チーム練習以外でも、可動域を広げるトレーニングなど高みを目指して日々取り組んでいる。フットサルの方が向いていると話す松木選手は、自分のストロングポイントを理解し、プレーに生かしているようだ。

「身長が低いので、スピードや緩急といった部分、あとは予測や判断などは自分の中で大事にしています。攻撃でも守でも同じですが、ボールが来そうなときに予測して、人より速く動くところは自分の強みだと思っています。」

こうして松木選手は、自身の力を存分に活かし、楽しんで取り組めるフットサルと出会ったのだった。

日本代表としてW杯で優勝したい

2023年10月、初めて日本代表候補トレーニングキャンプのメンバーに選出された。口外はしていなかったが、自身の中では2023年中に選ばれることを目指していたのだという。初めて参加したトレーニングキャンプでは、手応えと課題を感じることができた。

「とても楽しかったです。レベルや強度が高い中でプレーすることの楽しさを感じつつ、同時に、まだまだ未熟だということも実感しました。代表の中でも自分のストロングポイントを出さないと生き残れないので、もっと頑張らなければいけないと思いましたね。それでも2023年中に日本代表候補に選ばれたいと思っていた理由は、女子フットサルのW杯開催が決まったことです。延期になってしまいましたが、『アジアインドアゲームス』が2024年2月に行われる予定だったので、そこに照準を合わせることを考えると、2023年中に入らなければ厳しいなと思っていました。」

フットサルを初めて2シーズン目には、日本代表を意識していたという松木選手。2023年度から所属するアニージャ湘南がトップリーグに上がったことで、選ばれるチャンスは大きくなった。そして、リーグ戦でのパフォーマンスが評価されての初選出。ここからは、日本代表として定着に向けた戦いが始まる。

「個人的には、世界で戦える選手になりたいです。スペイン代表やブラジル代表の試合などを観ることがあるのですが、スピードもフィジカルもまったく違うのを感じています。しかし、それでもきっと、自分を活かせるポイントは絶対にあると思うんです。対等に、もしくはそれ以上に戦える選手になりたい。また、日本代表がそういう強豪に競り勝つ、上回ることができるチームにならなければいけないと思うので、自分はそこを目指しています。」

世界の強さを感じ取りながらも、その中でいかに戦うかを考え、日々プレーしている松木選手。高い目標を得られたからこそ、さらなる成長と活躍が期待される。

自分が一番輝ける場所

中期的な目標は、W杯のメンバーに選ばれて優勝すること。そして、短期的な目標は来シーズンのリーグ戦で結果を残し、常に代表に呼ばれる選手になることだと教えてくれた。

「1回だけ呼ばれても、定着しなければ意味がありません。リーグのどのチームと対戦するときも同じように高いパフォーマンスが発揮でき、それを維持できなければダメだと思います。個人としてもチームとしても順位と内容の両方を高めて、リーグの中でも常に上位でいられるようにすることが目標です。」

サッカーをプレーしていた頃とは違い、今は大きな目標がある。だからこそ、1つ1つ階段を登って高みを目指していく。これまでも上手くいかない時期はあったが、いつもひたむきにボールを蹴り続けてきた。

「競技を辞めるという選択肢はまったくありませんでした。サッカーもフットサルも団体競技で、チームスポーツがすごく好きなんです。皆で1つの目標に向かい、ベクトルを合わせて取り組んでいく。その過程が好きなので、試合に勝ったりゴールが決まったりしたときの感情を味わうと辞められないなと。好きだからこそ、今まで続けてきました。また、大学時代に経験した主務という仕事も、競技を続ける上でプラスに働いています。主務を通じて、裏方の仕事を理解できました。試合を成り立たせるための下準備がたくさんあり、運営し、試合が終了してから後片付けまでやらなければいけません。試合が開催されるためには色んな人が関わり、携わって、やっと選手がプレーできているということを感じられました。だから、それに対してとても感謝していますし、選手としてさらに結果を出したいという気持ちが強くなりました。」

トップリーグでプレーしている今、たくさんの人々が関わってくれるからこそ、公式戦やチームが成り立っていることを実感している。選手ができる恩返しは、試合で良いプレーを見せ、お客さんを楽しませて結果を残していくことだ。

「自分が一番輝ける場所です。フットサルをしているとき、そして皆といるときが一番笑っています。趣味から始めたことですが、今でも続けられて上を目指せている。出会えて良かったと心から思いますし、自分が一番表現できる、輝ける場所なのだと思います。」

松木選手にとって、フットサルはなくてはならないものだ。サッカーだけではなく、主務としての仕事やたくさんの経験を経てフットサル選手へ転向した。そして、今は明確な目指すべき目標がある。「世界で戦える選手になる」ために走り続ける松木選手の、これからに是非とも期待したい。

松木 里緒(まつき りお)

小学校1年生からサッカーを始め、慶應義塾大学卒業後にフットサルへ転向。現在は女子Fリーグのアニージャ湘南で主力として活躍するフットサル選手。武器は判断のスピード。2023年にフットサル日本代表候補のトレーニングキャンプのメンバーとして選出された。日本代表選手としての定着、そして世界で戦える選手を目指している。

By 渡邉 知晃 (わたなべ ともあき)

1986年4月29日生まれ。福島県郡山市出身。元プロフットサル選手、元フットサル日本代表。Fリーグ2017-2018得点王(33試合45得点)。プロフットサル選手として12年間プレーし、日本とアジアのすべてのタイトルを獲得。中国やインドネシアなど海外でのプレー経験もある。現役引退後は子供へのフットサル指導やサッカー指導、ABEMA Fリーグ生中継の解説を務め、サッカーやフットサルを中心にライターとしても活動している。

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