日本人の多くが必要なだけの睡眠を取れていないとはよく言われることだ。もちろん好ましい状況ではない。一般的に睡眠不足は身体的な回復を妨げ、脳の認知機能を低下させる。引いては注意力が散漫になり、適切な判断が下せなくなり、感情的な気分も悪くなる。
ところが、睡眠不足の状態でも20分ほどの穏やかな運動を行うと脳機能を通常のレベルに戻すことができるとする研究(*1)が発表された。睡眠、酸素レベル、そして運動が脳の認知機能に対してどのように影響するかを調べたものだ。
*1. The effects of sleep deprivation, acute hypoxia, and exercise on cognitive performance: A multi-experiment combined stressors study.
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0031938423003347
目次
睡眠不足と低酸素が脳機能へもたらす影響とは
英国ポーツマス大学が中心となった研究チームは2つの実験を行った。どちらも被験者は12人の若く健康な男女だった(合計24人、男性19人、女性5人)。
第1の実験では被験者らは3日間にわたって1日ごとの睡眠時間を5時間までに制限された。
第2の実験では被験者らは1日だけ完全に徹夜を強いられ、さらに低酸素室に入れられた。酸素レベルが睡眠と脳に与える影響も同時に調べるためである。
「睡眠不足はいくつかの異なる原因が組み合わされて起こることがあります。例えば、高地に旅行すると睡眠パターンが乱れがちになることはよく知られています」と研究者のひとりであるトーマス・ウィリアムズ博士はポーツマス大学のニュースレターでその意図を説明している。
どちらの実験でも被験者らには安息時と20分間の穏やかなレベル(VO2Maxの50%以下)のサイクリング中に脳の実行機能を診断する複数のテスト(2択質問への反応時間、論理的関係、数学的処理など)を受けた。
第1の実験では被験者らは運動中にすべてのテスト結果で向上が認められたが、その度合いには個人差があった。1日5時間の睡眠から受ける影響は人それぞれのようだ。
第2の実験では被験者らは完全に徹夜したうえで低酸素の状態におかれたわけだが、それでも運動中に脳の認知機能が向上した。
筆者の考察
運動が脳の認知機能を向上させる理由についてはいくつかの仮説がある。その有力なひとつは、運動によって心拍数が上がり、より多くの血流と酸素が脳にもたらされることにあるとするものだ。
しかし、上の研究では酸素レベルが低い環境で運動を行った場合でも被験者らの認知機能は向上した。論文著者らは、脳血流、覚醒、モチベーションなどの多くの精神生理学的要因だけでなく、脳を調節するホルモンの量の変化にその原因がある可能性を示唆している。
医学的な原因究明はこれからも行われるであろうし、将来的に新たな発見はあるかもしれない。
それはさておいて、睡眠不足であっても、あるいは低酸素状態であっても、じっと安静にしているよりは、身体的な運動を行う方が脳に好ましい影響を与えることは確かなようだ。
ただし、この研究は3日間、あるいは1日だけのごく短期間に設定されたものだ。慢性的な睡眠不足を長期的に続けてしまえば、心身の健康に深刻な悪影響があることは容易に想像できる。日常的に良質で十分な量の睡眠をとることが大切であることはあえて言うまでもない。
あくまで短期的な解決策としてではあるが、穏やかなレベルの運動が睡眠不足でぼんやりとした脳を活性化する可能性があることは覚えておいても損はないだろう。
例えば、大事な試験や仕事の前夜に緊張してよく眠れなかったようなとき、無理にベッドで目を瞑っているのではなく、最寄り駅まで自転車を漕ぐだけでアタマがすっきりするかもしれないのだ。
筆者個人は長時間に及ぶ国際線フライトの到着後、空港内のエスカレーターや動く通路などは極力使わないことにしている。階段を小走りで駆け登ることもある。時差ぼけを軽減するためには運動が効果的だと信じるからだ。
[筆者プロフィール]
角谷剛(かくたにごう)
米国カリフォルニア州在住。米国公認ストレングスコンディショニングスペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。
【公式Facebook】https://www.facebook.com/WriterKakutani
アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。