フルマラソンの距離はよく知られているように42.195km。それ以上の距離を走るスポーツがウルトラマラソンだ。100km、100マイル、24時間連続走、など様々なバージョンがある。

ウルトラマラソンは健康に良いだろうか、あるいは悪いだろうか。

原則的には、走ることは健康に良い効果をもたらすはずだ。体脂肪は減り、骨は強くなり、精神的なストレス解消にも役立つ。走ると健康寿命が長くなるとした研究は数多い。

―例を挙げると、アイオワ州立大学の研究チームが発表した研究(*1)では、5万人以上を15年間に渡り追跡調査した結果、走る習慣を持つ人はそうでない人より、すべての原因となる死亡率が30%低下し、とくに心血管系の死亡率は45%低下したと報告している。平均寿命も3年延びるとのことだ。

*1. Leisure-Time Running Reduces All-Cause and Cardiovascular Mortality Risk.
https://www.jacc.org/doi/10.1016/j.jacc.2014.04.058?articleID=1891600

だが、ウルトラマラソンは健康に良いとされる範囲からはいささか逸脱しているかもしれない。実際にウルトラマラソンを一度でも走ってみると、これが健康的な身体的活動だとはとても思えない。極限まで疲労するだけではなく、足の爪が剥がれることや、ひどい筋肉痛に苦しむことがある。ゴール付近で救急スタッフが倒れて立ち上がれないランナーを介抱している光景は珍しいものではない。

そうした印象を裏付ける、2021年発表の比較的新しい研究(*2)がある。ウルトラマラソンの長期的かつ潜在的な健康リスクを指摘したものだ。

*2. Potential Long-Term Health Problems Associated with Ultra-Endurance Running: A Narrative Review.
https://link.springer.com/article/10.1007/s40279-021-01561-3

心臓の好ましくない長時間ランニングへの適応

カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)医学センターのニック・ティラー氏ら論文著者は心臓への懸念をウルトラマラソンの第一かつ最大の要因に挙げている。

ウルトラマラソンを完走するためには、レースの前に膨大な量のトレーニングが必要とされ、ランナーの身体はそこから生じる負荷に適応を迫られる。とくに心臓は大きな役割を担う。身体の隅々にまで血液を供給するために、毛細血管密度や心拍ごとの血液供給量が増加させることが求められる。そうして、効率よく走るための心肺能力が向上するわけだ。

それらは本来なら好ましい適応である。しかし、そうではない側面もあることを論文著者らは指摘する。たとえば、長く走り続けることによって、心房細動(異常な心拍リズム)や心筋線維症などの心臓疾患の発症率が高くなる。右心室機能不全(心臓の右心室の効率が低下する)や冠動脈カルシウム蓄積の発症率も高くなる。

こうした心臓疾患のリスクはウルトラマラソンに限らず、長時間の有酸素運動を伴う耐久系スポーツに共通するものだ。スポーツ心臓という言葉を耳にしたことがあるだろうか。激しい運動を行うスポーツ選手によく見られる症状である。より多くの血液を供給するために、心臓のサイズが肥大し、安静時心拍数も低くなる。

スポーツ心臓には治療は必要ないとされているし、運動をやめると自然に治っていくそうだ。症状というよりは特徴と呼ぶべきなのかもしれない。

それでもリスクはリスクだ。『The Complete Book of Running』(邦題:奇蹟のランニング)の著者でジョギングの神様と呼ばれたジム・フィックス氏はジョギングの最中に心臓発作を起こして倒れ、そのまま死亡した(享年52歳)。『BORN TO RUN』(邦題:走るために生まれた)の主要登場人物のひとり『白い馬』ことミカ・トゥルー氏もまた心筋症を患っていて、山中のランニング中に突然帰らぬ人となった(享年58歳)。

ランニングは健康的な身体的活動であるという筆者の信念は変わらない。少なくとも走らないよりは走る方がずっと良いと思う。運動不足から生じる健康リスクは運動過多から生じるそれよりはるかに大きいのではないか。

ただ、どこまでの運動が健康的で、どこからがやり過ぎなのかを分ける境界線を引くことは困難だ。生まれついての体質もあるだろうし、運も大きく左右するだろう。

健康に良くても悪くても、ウルトラマラソンを完走したときに得られる達成感と誇りは格別なものだ。100%の安全が保障されているわけではないが、そんなスポーツがあるとも思えない。当たり前のことを述べるようで気が引けるが、どれだけ走るか、あるいは走らないか、は最終的には個人の判断に委ねられるべきであろう。

By 角谷 剛 (かくたに ごう)

アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。

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