東日本大震災から約3週間後の2011年4月2日、楽天と日本ハムは札幌ドームで震災のチャリティーマッチを開催した。当時楽天の選手会長だった嶋基宏による試合前のスピーチは、被災者や野球ファンだけでなく、多くの人の心を動かした。
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【嶋基宏のスピーチ全文】
あの大災害が本当だったのか、今でも信じられません。僕たちは本拠地でもあり、住んでいる仙台、東北が今回の地震、津波で大きな被害を受けました。地震が起きた時、僕たちは兵庫県で試合をしていました。家がある仙台にはまだ1回も帰れず、横浜、名古屋、神戸、博多、そしてこの札幌など全国各地を転々としています。
先日、神戸で募金活動をした時に「前は私たちが助けられたから、今回は私たちが助ける」と声をかけてくださいました。今、日本中が東北、そして震災を受けた方々を応援し、全力で支え合おうとしています。
震災を受けてから、眠れない日々が続きましたが、選手たちみんなで「自分たちには何ができるのか」、「自分たちは何をしたらいいか」を話し合い、考え抜いてきました。今、スポーツの域を超えて「野球の真価」が問われていると思います。
見せましょう 野球の底力を。
見せましょう 野球選手の底力を。
見せましょう 野球ファンの底力を
共に頑張ろう東北 支え合おう日本
僕たちも野球の底力を信じて、精いっぱいプレーします。被災地へのご支援よろしくお願いします。
◆直前までスピーチの練習
ちょうど3分間のスピーチ。嶋は真っすぐ前を見ながら訴えかけた。誰もがスピーチに聞き入り、嶋が「見せましょう、野球の底力を」と訴えると、球場は拍手と歓声に包まれた。
関係者によると、嶋は当日の早朝まで内容を最終調整し、スピーチの練習をしていた。東日本大震災が起きてから、嶋は眠れない日が続いていた。東北までの交通機関は麻痺し、仙台で暮らす家族のもとに帰ることができない遠征生活。すぐに被災地へ行って支援活動をしたい思いは強くなる一方で「瓦礫の1つも片づけられない。いつも支えてくれる東北の人たちのために、今こそ恩返しする時なのに」と怒りと悔しさを押し殺しながら、ジレンマと戦っていた。
被災地に行けなくても、できることはないのか。選手会長だった嶋は、当時キャプテンだった鉄平や、チームの精神的柱だった平石洋介らと深夜まで話し合っていた。オープン戦での募金活動やチャリティーマッチも、その中で生まれたものだった。
チャリティーマッチが決まり、嶋はスピーチの内容を球団広報と考えた。震災で家族や家を失った人がいる中、プロ野球選手としてどんな言葉で訴えればいいのか。考え抜いて生まれたフレーズが「底力」だった。嶋は広報が発案したフレーズに手を加えた。最初は「見せます」だった言葉を「見せましょう」に変え、復興に向けてともに歩みたい気持ちを込めた。
◆嶋のスピーチ3つのポイント
このスピーチには、嶋がこだわった3つのポイントがある。1つ目は「自分の言葉で伝える」ということ。どんなに美しい言葉を並べても、それが他の人によってつくられたものであれば、相手の心には届かない。自分の気持ちを自分の言葉で伝えたからこそ、嶋のスピーチは胸を打った。
2つ目は「特に伝えたいフレーズを繰り返す」。嶋のスピーチには「底力」、「見せましょう」というフレーズが複数回使われている。スピーチに込めた思いをその場だけで終わらせず、多くの人たちの記憶に長くとどめてもらうためには、繰り返すことが大切になる。
3つ目は「原稿やメモを見ない」。もし嶋が手元に視線を落としながらスピーチをしていたら、あれほどのまでの感動を生まなかっただろう。会話の基本は相手を見て話す。メモを見なかったからこそ、1つ1つの言葉が聞く人の心に響いたといえる。日本や世界は今、新型コロナウイルスにより、かつてないほどの危機に陥っている。国民に団結を呼びかけるリーダーにも、嶋のスピーチから学ぶことがあるように見える。
スポーツメディア「New Road」編集部
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